研究紹介

がん研究 スポットライト

病理画像をデータ化して予後診断や新たながん治療に役立てたい
異分野融合研究において成功の鍵を握る密なコミュニケーション

乳がんの浸潤メカニズム解明のほかにも数理解析が進んでいるそうですね?

最初に乳がんの浸潤メカニズム解明に取り組んだのは、病理の立場でデータがしっかりとれる疾患だったことに大きく因りますが、現在は“男性版乳がん”ともいわれる、やはり性ホルモンの影響を強く受ける「前立腺がん」における発症メカニズムの解明や進展過程の解析、治療効果の解析なども行っています。現在対象を少しずつ広げているところです。ゆくゆくは他の固形がんやリンパ腫なども対象になると考えています。

病理学と数理解析を結びつけたきっかけはなんですか?

私は子どもの頃から、物事の背景に潜む数理的メカニズムに興味をもっていました。4歳から大学までずっとピアノを習っていまして、音楽の背景にも数理的メカニズムがあると気づいたときは非常に驚いたものです。一時は数学科に進もうか迷いましたが、応用的なことをやりたくて医学部に進みました。臨床研修ののち、病気のメカニズム解明をめざして東北大学福本学教授のもとで大学院生として放射線発がんの研究を行いました。これが定量的なデータと定性的な病理画像を結びつけるきっかけでした。
 その後、乳腺病理の勉強をするために当時日本医科大学の教授だった土屋眞一先生のもとで、乳がんという病気とはなにか、そして現在の医学的課題について学びました。この時期に、数理生物学の大家であるマーティン・ノワック教授(ハーバード大学)と、その弟子であるデビッド・デングリ教授(メイヨークリニック)のもとで研究する機会を得ました。このお二人から数理モデルの考え方とともに、そのメカニズムを調べるもととなるデータの重要性を徹底的に叩き込まれました。ノワック教授からは常に「モデルよりも大事なのはデータだ。データが完璧でなければいくらモデルを作ってもダメ」と言われ続けました。

病理画像の定量化が有用ではと考えはじめていたころに、現在所属する信州大学病理組織教室の菅野祐幸教授と、当時はNECで画像解析や人工知能を研究されていた現・東京医科大の齋藤彰教授のお力添えで、ドイツ・ハイデルベルク大学のローランド・アイリス教授のもとでコンピュータ科学を研究する機会が得られたのです。ドイツでは病理学とコンピュータによる解析技術の融合研究に取り組むことになり、帰国後はこれに生物学的な研究をくわえて現在に至っています。

それにしてもこの研究は、コンピュータの進歩に大きく助けられています。まず、ドイツ留学中に仕上げた解析プログラムですが現在はノートパソコン上で手軽に走らせることができます。時にはもちろん必要となりますが、データ解析すべてにいちいちスパコンを使わなければならないとしたら、この研究はここまで捗らなかったでしょうね。それに大容量のHDが価格的に入手しやすくなったことも研究のスピードアップを後押ししてくれています。100GBレベルなら自分のPCにデータ蓄積するうえでなんら支障がありません。5年前ではとてもこうはいきませんでした。

今後の課題についてお話しください。

繰り返しになるかもしれませんが、この研究分野は医学だけでなく、工学、数理学をはじめ、複数の分野との連携が必須となります。こうした分野を超えての研究は、ともすればそれぞれの目指すゴールが異なってしまいがちです。それはドイツで痛感しましたね。たとえば工学系の人は正確さを期して90%のものを91、92にしたいというのをゴールに設定しているが、生物系の人は90%でいいから新しいものを見つけたいと考える。あるいはプログラミングにしても、研究者の立場とプログラマーの立場ではめざすゴールが違っていたりします。異分野融合研究では、めざす共通のゴールを明確にすることが大事なんですね。そのためには異なる研究者とのコミュニケーションを重ねて、真の協力体制を維持していくことが最も重要な課題ではないかと思います。


TEXT:冨田ひろみ PHOTO:大塚 俊
取材日:2015年12月7日