研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞だけにアポトーシスを誘導する化学療法の確立を目指す
がんの治療薬として分子標的薬が注目されているが、ピンポイントでがん細胞に作用する 薬は、狙う標的が変化すれば効かなくなる。あらゆるタイプのがん細胞をたたき、正常細胞には作用しない薬をつくれないか。山口研究員は、3つの薬剤のコンビネーションにより、新たな化学療法の確立を目指している。
関西医科大学麻酔科 研究員 山口 龍二
あらゆるがん細胞に共通するしくみを攻める抗がん剤を目指して

新しい化学療法の研究に取り組んでいるのはなぜですか?

現在のがん治療の主流は、外科手術をしてがん組織をできるだけ取り除いた後で、取り残したがん細胞を、抗がん剤による化学療法でたたくという治療法です。しかし、残念ながら、治療後に再発してしまう場合も多いのが現状です。

この背景には、がん細胞の特異な性質があります。第一に、がん細胞がたった1つしか残っていない場合でも、それが増殖して再発しうるということです。このことはネズミのがんでは1930年代から、ヒトのがんでは2008年から明確に証明されています。近年、がん細胞をつくり出すもととなる「がん幹細胞」が注目されていますが、私を含め、がん幹細胞の存在に疑問をもつ人も多くいます。治療の後に取り残されたたった1つのがん細胞は、それがたとえがん幹細胞でなくても再発の原因になりうると思います。

第二に、がん細胞は非常に多様だということです。国際的ながんゲノム解析プロジェクトで、ボールペンの先ほどの小さながん組織の中に、遺伝子変異が異なるがん細胞が30〜80種類も含まれていることが明らかになりました。最近の化学療法では様々な分子標的薬が使われていますが、分子標的薬は特定の遺伝子変異をもつがん細胞だけをたたくものなので、その変異をもたないがん細胞は残ってしまいます。また、標的とする遺伝子変異がさらに変わってしまい、分子標的薬が効かなくなることもあります。

そこで私は、遺伝子の変異の影響をできるだけ受けずに、あらゆるがん細胞に作用するような化学療法が必要だと考えました。そして、2-デオキシグルコース(2-DG)とABTという薬剤の組み合わせに着目し、新しい化学療法の確立を目指しています。

2-DGとABTは、どのようなしくみで抗がん作用を示すのですか?

私たちの体のすべての細胞には、アポトーシスという細胞の自殺プログラムが組み込まれています。このアポトーシスには、ミトコンドリアが関係しています。ふだん、ミトコンドリアの膜にあるBakというタンパク質の一つひとつは、両側からBcl-xLとMcl-1というタンパク質にしっかりと守られています。しかし、Bakが両方のタンパク質から解放されると、Bakどうしが結合して大きな輪になったBak結合体をつくり、ミトコンドリアに穴をあけてしまいます。すると、中にあるシトクロムcというタンパク質が放出されます。このタンパク質は細胞質であらゆるタンパク質を分解するカスパーゼを直接活性化させ、その結果、細胞がバラバラに分解されて死んでいきます。よって、シトクロムcがミトコンドリアから流出する瞬間を研究者の間では「ポイントオブノーリターン」と呼んでいます。しかも、ほとんどの細胞にカスパーゼは存在しシトクロムcによって活性化されます。私の考える化学療法は、このミトコンドリア依存性のアポトーシスを薬剤で誘導することで、がん細胞を自殺させるというものです。

ただし、ふだんはどの細胞でも、アポトーシスが起こらないようにするために、Bcl-xLとMcl-1はしっかりBakに結合して、Bak結合体の形成を阻害しています。アポトーシスを誘導するためには、Bcl-xLとMcl-1を両方ともBakから引きはがさなければなりません。そこで、2-DGとABTを組み合わせています。

2-DGは、グルコース代謝がさかんな細胞にグルコース輸送体を通して取り込まれ、あるタンパク質を活性化してミトコンドリアに移動させます。このタンパク質がBakに結合しているMcl-1を引きはがすのです。一方、細胞膜を簡単に透過できるABTは直接Bcl-xLと結合し、BakとBcl-xLの結合を阻害します。この2つの薬が両方とも働くと、Bakがむき出しになってBak結合体を形成し、細胞はアポトーシスを起こして死んでしまいます。このしくみを使うと、少ないステップでカスパーゼ活性化を引き起こすことができるので、がん細胞が遺伝子変異を起こしてアポトーシスが誘導されるまでのシグナル伝達を換えてしまい、抗がん剤の効果から逃れる可能性は低くなります。

【2-DGとABTの細胞内での働き】

細胞内に取り込まれた2-DGは、あるタンパク質(図中ではタンパク質Xと表記)をミトコンドリアに移動させ、ミトコンドリア膜上のBakと結合しているタンパク質のMcl-1を引きはがす。細胞内に取り込まれたABTは、Bakと結合しているタンパク質のBcl-xLを引きはがす。この2つの薬剤が両方作用したとき、Bakはむき出しとなって二量体を形成し、これをきっかけにアポトーシスが誘導される。プロ生存シグナルについては後述。


プロフィール
山口 龍二

山口 龍二(やまぐち・りゅうじ)
関西医科大学麻酔科 研究員

高校生時代に交換留学生としてカナダの高校に留学し、高校卒業後、現地の大学に進学。
1981年にマックギル大学で数学の博士号を取得。その後、数学から分子生物学に転向。しかし、「大学院に行ったことのない学生もいるのに自分だけ2度も大学院にいくのはためらわれた」ため、カナダとアメリカの大学・研究所に研究助手として勤務し、実験、講義の聴講、論文の多読により独学で分子生物学を学ぶ。
2009年にサンフォード・バーナム医学研究所において、2-デオキシグルコースとABTによりアポトーシスが誘導されることを発見し、それ以来腫瘍生物学研究に従事。
2010年に帰国し、九州大学、京都大学に研究員として勤務。
2013年4月より現職。

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