研究紹介

がん研究 スポットライト

「転移の芽」となるがん細胞を分子レベルで解析する
超早期の段階で転移を根絶する治療法をめざす

原発巣と転移巣のがん幹細胞は違うものですか?

実はまだ未発表の内容のものもあるのですが、これまでに行ったさまざまな実験や解析により、転移巣のがん幹細胞が原発巣のがん幹細胞と異なる仕組みで維持されていることが少しずつわかってきています。その違いを理解することが、転移巣の治療が容易ではない理由を理解するうえでも重要ではないかと考えています。

あれだけ複雑な過程を経て「転移」をしていくがん幹細胞なのですから、やはり原発巣のがん幹細胞とは何か違う強さというか、それを幹細胞性といっていいのかどうかわかりませんが、それに近いものを持っているような印象を受けています。この点についても今後さらに、さまざまな面から解析を加えていきたいと考えています。

臨床で転移が判明する頃には「芽」の時期は過ぎてしまっていますね?

はい、そうなのです。私は20年ほど前に臨床医としてがんの診療に従事していましたが、その当時には想像できなかったほど現在ではがんという病への理解が進み、がん治療も急速に進歩しました。その結果、原発巣の治癒後に再発・転移の不安を抱えながら生活していく「がん生存者(がんサバイバー)」が今後ますます増えることが予想されます。

人はがんになったとき、がんと向き合うことになる「壁」が少なくとも二つあると思います。一つはがんの原発巣の治癒を目指す壁、もう一つは再発・転移を乗り越える壁です。既にお話ししたように、がん研究の進展によって一つ目の壁を乗り越えるための研究は近年特に進んできました。けれども再発・転移はより治療が困難となるため、二つ目の壁を乗り越えるのは決して容易ではないのが現状です。とくに乳がんなどの患者さんの中には、完治したと思われても10年以上してから再発・転移することがあるわけです。

現時点では、二つ目の壁となる再発・転移を特異的に標的とする治療法は限られています。そのためにも再発・転移がどのように出来るのか、なぜ治療が難しいのかという点に関してもさらに研究が必要です。

私たちはこれからも、がんの大元になるがん幹細胞の性質を解析する研究に取り組んでいくつもりです。実際の患者さんのがん組織を用いて「転移の芽」となるがん細胞を検出するモデルにより「転移の芽」となるがん細胞の性質を解明することで、二つ目の壁の原因となる再発・転移をその芽の段階で破壊する治療を目指したいと思っています。また、このような治療法は、他の治療法と組み合わせることにより、より治療効果を高められる点でも有用になってくると考えています。


TEXT:冨田ひろみ PHOTO:大塚 俊
取材日:2015年12月4日