研究紹介

がん研究 スポットライト

新規クルクミン誘導体に潜む分子標的薬への可能性を追求したい
腫瘍内科医として化学療法を行いながらもよりよい治療の道はないかと模索する日々のなか、偶然であったクルクミンとその誘導体に、新たな分子標的薬の可能性を見出した。さまざまな課題を一つひとつクリアしながら今日も創薬への長い道を突き進む。
秋田大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学講座 教授 柴田 浩行
化学療法への疑問から発がん研究、そしてクルクミンとの出あい

クルクミンに注目されたきっかけを教えてください。

直接のきっかけは2003年のNature Review Cancer誌の記事です。記事にはギリシャ語で「フィトケミカル」、直訳すれば「食べもの由来の化合物」としてブドウやキャベツ、茶葉などとともにウコン(クルクミン)にがん抑制効果があると紹介されていました。それまでは患者さんから「もう抗がん剤治療をやってもしょうがないから健康食品はどうでしょう?」と聞かれても「エビデンスがない」と返していたのですが、ネイチャー誌の記事を見て、実際のところ効能はどうなのか考えるようになりました。なによりも、クルクミンが「βカテニンを分子標的制御する」という記述に注目しました。これまで大腸がんを抑制するAPCという遺伝子や、がんになるシグナル伝達経路であるWNT(ウィント)シグナルを仲介するために必要な「βカテニン」について研究中だったからです。

大腸がんの発がん研究がキャリアのスタートですか?

大学を出て医師になって以来、進行がんの患者さんの薬物治療を行なってきました。最近でこそがんの化学療法はそれなりに成績向上していますが、私が卒業した昭和62年当時は投与しても効かないというか「細胞毒」とまでいわれたほど、効果を疑問視する声がありました。それでも切除不能だったり再発した患者さんには抗がん剤を投与し、強い副作用が患者さんのQOLを悪化させていた。当時の抗がん剤は基本的には「がんも殺すが正常な組織も殺す」ものでしたから。4年ほど化学治療をやって痛感したのは、がんになるメカニズムもわからずに、ただたんに「がんを殺せばいい」という治療ではまずいのではないか、ということでした。

のちに癌研究所の野田哲生先生(現がん研究所所長)の下で動物による大腸がんの発がん研究にとりくみました。世界的にも発がんの分子機構が明らかになりはじめ、発がんとはいろいろな遺伝子異常の積み重なりだとわかってきました。大腸がんの場合、APCがん抑制遺伝子を加えると蓄積される「βカテニン」を制御できれば、がんの抑制や予防が可能かもしれないと思って研究をつづけていたのです。

APCを発見された中村教授と同じ癌研で研究されていたのですね。

ええ、それで我々もAPCを使った研究ができました。マウスのAPCを壊すと1か月で大腸がんの前がん病変であるポリープができます。APCを壊すことがイニシエーションとなり、あとはドミノ倒し的にがんになっていく。ところが、APCが先天的に壊れたマウスを長期飼育してもポリープがまったくできないことがある。どこかの段階で新たなミューテーション(mutation:変異)が入ればがんになりにくくなる。つまりがんとは、発がんを握る‘アキレス腱’みたいなものがあって、それさえうまく分子制御できれば発がんを抑制したり促進したりができる――こうしたことを実験を通して学んでいたので、分子標的治療はかなり理論的なものだと思っていました。この思いが私にとって、いわゆる薬とか分子標的治療薬を開発していこうとする大きな後押しになっています。

ネズミのAPCを特異的に壊すと粘膜下には浸潤していない前がん病変(ポリープ:adenoma)ができる。飼育10か月後にポリープは尻から飛び出すほど大きくなり粘膜下層にまでがん(腺がん:adenocarcinoma)は浸潤している。

先天的にAPCは壊れていても、新たなミューテーションにより長期間飼育でもポリープがほとんどできなくなるマウスがいる(染色法により青いプツプツがポリープを表す)


プロフィール
柴田浩行

柴田 浩行(しばた・ひろゆき)
秋田大学 大学院医学系研究科
臨床腫瘍学講座 教授

1962年 愛知県生まれ
秋田大学大学院臨床腫瘍学講座教授
秋田大学附属病院化学療法部部長、腫瘍内科科長
医学博士
東北大学医学部卒、東北大学大学院、(財)癌研究会癌研究所細胞生物部、東北大学加齢医学研究所癌化学療法分野を経て現職。
APC遺伝子のコンディショナルノックアウトや発がん制御遺伝子の同定などによる大腸がん発癌過程の基礎研究から新規クルクミン誘導体合成による多分子標的制御による化学療法の開発といったトランスレーショナル研究までを推進。
日本臨床腫瘍学会がん薬物専門医、指導医。
秋田大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学講座(医学部附属病院 腫瘍内科/化学療法部)

関連リンク
注釈
【クルクミン】
ショウガ科ウコンの根茎から得る成分で、カレー粉や沢庵の黄色はクルクミンによる。古代からアーユルベーダ(ayurveda=生命の学問)として体系化されたインド医学などで、ウコンは「万能の薬」とされてきた。
【βカテニン(β-catenin)】
大腸がん、胃がん、食道がんの転移に関係が深いタンパク質。細胞外からきた増殖シグナル(Wnt)を核内DNAに伝えることで細胞の増殖制御を行なう遺伝子の転写を誘導する。この経路の調節が壊れると細胞が転移性の高いがんになると考えられている。
【APCがん抑制遺伝子;APC(adenomatous polyposis coli)】
1991年に(財)癌研究会癌研究所生化学部部長だった中村祐輔{ゆうすけ}氏が発見した家族性大腸腺腫症の原因遺伝子。大腸がんになる最初の段階で異常をおこす遺伝子。