研究紹介

がん研究 スポットライト

新規クルクミン誘導体に潜む分子標的薬への可能性を追求したい
クルクミン誘導体に多分子制御、マルチターゲットを期待

研究対象をクルクミンの「誘導体」にしぼりこんだのはなぜですか?

ネイチャー誌の記事に出あう1年ほど前、東北大学薬学部で有機合成専門の教授が、退官間際までつくりつづけてきた約3000にものぼる有機化合物のライブラリーに薬剤になり得るものがあるか調べてほしいと、学生時代の友人である私の指導教授に依頼してきました。私が調べる役目を仰せつかりましたが、当時はあと少しで大腸がんを抑制する遺伝子の本体がわかりそうな段階にあり、その研究で手一杯。けっきょくぶ厚い冊子にある化合物の化学式に目を通しただけでお返してしまったんです。1年後にネイチャー誌の記事を読み、あのライブラリーのことをふと思い出しました。

従来の抗がん剤とちがい、ウコンなら食品だから副作用はないか、あったとしても小さいだろう。しかも「標的分子を制御する」という理論がある。ウコンの化学式をみていたら、あのライブラリーに似たような化合物があれば抗腫瘍活性を出すかもしれないと思い、薬学部教室に該当論文を送って調査を依頼。すでに教授は退官されてましたが、幸い教授の直接のお弟子さんが教室を率いていたので、ライブラリーのなかから50種類ほどを送ってもらえました。するとGO-035という化合物がクルクミンの4倍も大腸がんを抑制するうえにβカテニンを分解することまでわかったのです。この結果を薬学物の先生に報告すると「GO-035をリード化合物として、似たような化合物をつくって調べみよう」という話に発展していったというわけです。

天然と誘導体とはどう違うのですか?

世界最大の医学論文検索サイトPubMed(パブメド)で「クルクミン」を調べると、発表された論文数は右肩上がり、研究者が実に多いことがわかります。アメリカのMDアンダーソンがんセンターでは、クルクミンによる臨床試験も多数行なわれています。でも我々がクルクミン誘導体を選んだのは、天然のクルクミンには欠点もあるからです。水に溶けにくく吸収が非常に悪い。水溶性が劣る、つまり血中濃度が上昇しにくいクルクミンに抗腫瘍活性を出させるためにMDアンダーソンでは「1日に12g」摂るよう指示しているとか――これは薬剤としては相当な量で、患者さんにはかなりの負担でしょう。しかも、それだけ飲んでも血中濃度はなかなか上がりません。最近ではナノ化やリポ化(油の膜に包む)、あるいはペグ化で多少は吸収率が向上してきていますが、臨床試験開始から5年、天然のクルクミンによる抗腫瘍活性は限界が見えてきたように思います。

【クルクミンとGO-Y030の化学式】

天然のクルクミンはケトン基を2つ含む(ジケトン)が、東北大の誘導体はケトン基が1つ。クルクミンの2本結合がアルキル化反応を起こすと推察される。誘導体ではこうした働きがプラスで維持されているか、より強力になっている可能性がある。

食品由来の化合物が分子標的薬になり得るとは非常に興味ぶかいです。

クルクミンが「βカテニンを抑える」ことが、大腸がん治療のキーになると考えていましたが、さらにクルクミンが他の標的分子もたくさん抑えていることが文献などでもわかってきました。我々がつくった誘導体でもかなり低い濃度から、さまざまながん関連遺伝子の発現量を抑制できています。分子標的薬が登場しはじめたころは狙う分子は一つだけ(シングルターゲット)でしたが、発がんのメカニズムがわかってくると、発がんルートを一つ壊してもまた別のルートで発がんに至る「冗長化」(redundant)という特徴をもつことがわかってきました。慢性骨髄性白血病(CML)に対するイマチニブのように、大腸がんを抑制する‘アキレス腱’が見つからないかぎり、化学療法はシングルターゲットではなく、いろいろな標的薬をまぜたカクテル療法とするか、たくさんの分子を同時に抑えられるマルチターゲットの標的薬をつくるかしかありません。それを可能とするのがクルクミンであり、その誘導体だと考えています。

【がん遺伝子産物の分解能の向上】

がん遺伝子の発現量が抑制されているかどうかを示すウエスタンブロット。上からErbB-2、c-Myc、cyclinD1はいずれもがんに関連する遺伝子。これらをクルクミンはマルチターゲットに制御する

注釈
【MDアンダーソン・キャンサー・センター(MD Anderson Cancer Center)】
1941年、アメリカ、テキサス州立大内で設立され、現在はテキサスを拠点としたMDアンダーソンセンターとしてアメリカ屈指のがん専門医療機関として国の内外から多くの研究者、患者を集める。
【イマチニブ】
分子標的Bcr-Abl、ノバルティスファーマが開発した経口の分子標的薬で商品名「グリベック」。日本での認可は2001年。