研究紹介

がん研究 スポットライト

iPS細胞からがん幹細胞モデルを作成・樹立し、その応用をめざす
がん細胞に分化する元の「がん幹細胞」はどの段階で発生するのか──iPS細胞を手がかりに「がん幹細胞」の発生メカニズムが分かれば、さまざまながん研究に応用できるだろうと、ユニークな試みを企画した。
岡山大学大学院自然科学研究科 ナノバイオシステム分子設計学 教授
妹尾昌治
iPS細胞からがんが発生することへの懸念を探索する

がん幹細胞に興味を持たれた「きっかけ」を教えてください。

随分前から再生に興味があって、心筋細胞の分化などは10年くらい前から独自のアプローチをしてきました。肝臓や心臓の細胞などに分化するように準備された細胞、いわゆる体性幹細胞を使えば、分化をコントロールしなくてもその方向性が決まっているので安全で、再生医療にはそういう方向を利用するのがいいと思っていました。

そんなところに、京都大学の山中伸弥先生がiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作られて、倫理的な問題がなくなったわけですが、その反面、iPS細胞を使って再生を行うとその多能性によりがんも発生するのではと懸念する声もあるわけです。ならば逆に、がんになる過程を解明しておかないと、がんにならないようにすることはできないだろうと思ったので、あえてがん幹細胞を作って“がんになるということはどういうことなのか”ということを研究しようと考えたのがきっかけです。

「がん幹細胞モデル」という仮説は、どういう概念ですか?

「がん幹細胞モデル」の話をすると、いつも「どこのがんですか」と聞かれますが、実はどこのがんでもないんです。おおもとの幹細胞は何にでもなる細胞で、受精卵から個体が発生する段階で、どの細胞がどの臓器になるかという運命は神のみぞ知る、という部分がある。細胞の分化は人工的には容易にコントロールできないものです。胃にできたら胃がん、肺にできたら肺がんという呼び方は後からつけたもので、そのルーツが幹細胞であった場合には、「がん幹細胞」という呼び名であって、部位を示す何がんという呼び方はありません。

がん幹細胞が分化してがん組織ができるとしたら、それは1つの雑居組織です。幹細胞のような未分化な細胞もいれば分化した細胞もいる。そういう中からがん幹細胞だけを見つけるのは難しい。数が少ないことと、継代がどれくらい維持できるかということがまだはっきり分かっていない。ということは、がん幹細胞というものがもう少し採取が簡単で、培養もできる、移植もできる、何代たっても同じ形質が維持できるようなモノであれば、それはモデルとしてがん幹細胞の研究に使えるだろうと仮説を立てたのです。

【iPS細胞と微小環境】

がん細胞の低分化型、高分化型という呼び方がありますが、がん幹細胞はどちらになりますか?

分化したがん細胞は、「高分化型」「低分化型」と分類されている。大雑把な言い方ですが、高分化型はどちらかと言えば成熟していて、自分のテリトリーを決めてしまう。要するに、あまり浸潤性が少なく独立した塊になり、手術で摘出しやすく治りやすいところがある。低分化型というのはどちらかと言えば、組織の中に浸潤して手術で取りにくい、治りにくい、というような性質がある。また、低分化型のがんや未分化型のがんは、細胞周期の回転が速いので細胞の増え方も速いけれど、その周期を阻害する制がん剤を投与すると意外に効果があると言われている。悪性度の高いがんという点では低分化型であり、おそらく分化が未熟な細胞がターゲットになっていると考えられます。

一方、がん幹細胞というのは一般に、制がん剤による化学療法や放射線治療などに対して耐性だと言われている。その点が、がん幹細胞と低分化型との大きな違いなんです。おそらく、がん幹細胞というのはもっと分化が未熟で、おおもとの幹細胞に近いのだと思う。しかし、幹細胞とは違う存在。なぜかというと、幹細胞というのはどんな細胞にもなるけれど、がん幹細胞と言ったその段階でがん細胞にしかならないから。そのあたりの見極めはもっと研究が進まないと分からないだろうと思いますが……。

プロフィール
妹尾昌治

妹尾昌治(せのお・まさはる)

1981年、大阪大学基礎工学部生物工学科卒業。工学博士(大阪大学)
1981年〜91年、武田薬品工業(株)中央研究所 研究員。
1995年〜96年、2000年〜01年、米国国立癌研究所 客員研究員。
2001年、岡山大学大学院自然科学研究科助教授を経て、2007年より現職。

注釈
【幹細胞】
英語stem sell。様々な種類の細胞の発生源となる細胞のこと。複数の系統細胞に分化できる能力(分化能)や、細胞分裂をして自己複製の能力(自己複製能)の2つを併せ持つ細胞。stem=幹から付けられた名称。
【未熟】
「未熟」という言葉は一般的には、例えば、未熟な果物、未熟な腕前など十分な能力や程度に達していない意味で用いられるが、細胞学の分野では「何かを産生できる能力を持つ」「分割できる能力を持つ」というときに「未熟」と言う。
【継代】
=継代培養。細胞培養において、細胞の一部を新しい培地に移し、再び培養すること。例えば、手術で切除されたがんの一部を人工培養液の中で飼うと、がん細胞を増やしていくことができる。1人のがんからできた1つのcell line、これを「がん細胞株」と言う。継代培養に成功すると果てしなく生き続ける。