研究紹介

がん研究 スポットライト

iPS細胞からがん幹細胞モデルを作成・樹立し、その応用をめざす
iPS細胞を用いてがん幹細胞のモデル作りを始める

幹細胞モデルを実験で作ろうとした動機は、どのような視点からですか?

幹細胞をヌードマウスに移植すると、腫瘍として塊ができます。腫瘍には必ず悪性と良性があるけれど、できた腫瘍は良性で正常な細胞の集まりです。幹細胞からは神経細胞、筋肉細胞、腺細胞などいろいろな細胞に分化されるけれど、どうしてがん細胞ができないのかという疑問があります。正常な組織にしか分化しないのは、ヌードマウスに正常な環境しかないからではないかと思ったのです。

マウスが与えている正常な環境が全部一緒だったら、全部同じ細胞にならなければおかしいはずです。ところが、できた細胞は異なる種類の腺細胞や、歯や心臓や筋肉の細胞だったりする。それは何が原因かと問えば、細胞が分化するには微小な環境があれば十分だということではないか。微小な環境があって、そこにたまたま幹細胞が遭遇したために分化が誘導されて、異なる組織の集まりとして1つの塊になるのではないかと……。要するに、場所が違えば違う分化が誘導されると思ったのです。ならば、幹細胞にがん細胞がもっているような環境を与えてやると、幹細胞ががん幹細胞やがん細胞に変化するのではないかと思いますよね。それを実験でやろうとしたわけです。

実験はどのような方法で行われたのか紹介してください。

今回の場合は、iPS細胞を通常の培地で培養した後、マウスに入れても正常な組織しかできないのかという確認。さらに、1つはiPS細胞をがん細胞を飼った培地から細胞以外の培地部分を使って培養する(培地培養;下図A)、もう1つはiPS細胞をがん由来細胞株と一緒に培養する(共存培養;下図B)の2種類を行い、4週間後にそれぞれをマウスに入れたらどうなるかを調べました。

その結果、使用したがん由来細胞株は4種類ですが、培地を使ったものは増えていく細胞が4種類ともがんになる。共存培養したものは1種類だけがんになりましたが、他の3種類はがんにならなかったり、培地で継代することすらできなかったのです。

【iPS細胞とがん細胞との培養条件の設定】
【miPS-LLCcm細胞に由来した悪性腫瘍】

培養の仕方によって結果が違うというのは、培地の中に“がん幹細胞を誘導する何か”があるわけですね。微小な環境が左右するということは確かだろうと思いますし、そこに1つ鍵があるということになる。まだ具体的な手がかりは得ていないけれど、何かつかまるのじゃないかなという気がしています。原因はこれからの解析によらないと分からないですけど、現象としては面白い。

がんができる考え方には、分化した細胞が脱分化をして未分化の細胞に1回戻るという説もあります。また、分化した細胞にがん遺伝子を入れたところがん幹細胞になったという報告はすでにあります。ただ、私たちの実験では、ウイルスをかけたり遺伝子を入れたりとか、そういう人為的な導入はしていない。どちらかと言えば、自然発生的な要素を使ってがん幹細胞を誘導したというところがミソというか、大事なところだろうと思っています。

がんの特徴と言われている血管新生はどのような状態でしたか?

血管新生はがんの特徴と言われるけれども、別にがんに限ったことではありません。どんな組織も細胞だけでなく必ず血管が入っていて、酸素や栄養の供給のために絶対不可欠です。むしろ、がんも同様の性質を有していると理解したほうがいいと思います。ただ、実験でiPS細胞からできた腫瘍には、非常に大きくて太い血管が何本もできていた。

血管の内皮細胞を作る能力というのは、血管の組織にも、がんの組織にも備わっていると考えられます。そうでないと、片方で一生懸命血管を作っても本体とつながらないと血液の流れができない。言わば、鉄道の線路を敷くようなもので、双方がつながらないと電車は走れません。そういうのが顕著に起こるモデルとしても非常に有用だし、生体の中のメカニズムとして研究するのに向いた題材だと思います。

注釈
【培地】英medium
微生物や生物組織を培養する際に、生育環境の場となるもの。培地の中には、培養対象が必要とする条件が調整されて、炭素源やビタミン、無機塩類などが含まれ、栄養素の供給源となる他、細胞の増殖に必要な足場や液相を与えるなどの物理的な要素も含まれている。培養対象に適した生育環境を提供するために、代表的な培地として細菌用培地、真菌用培地、遺伝研究用培地、藻類用培地等がある。
【共存培養Bについて】
がん由来の細胞は増えないような工夫をしている。その後、iPS細胞をその上で飼うとiPS細胞だけが増えてくる。
【腫瘍】英tumor
組織の細胞は、本来、必要以上に分化分裂をしないように調節されている。その調節機能に何らかの異常が生じて、細胞自身が急激な増殖を始めるようになってできた塊(細胞組織)を「腫瘍」と言う。腫瘍は、生命に及ぼす影響の程度から良性と悪性とに分けられる。
【血管新生】英vascularization
血管があらたに形成されること。腫瘍の増殖のときに使われることが多い表現。