研究紹介

がん研究 スポットライト

低酸素・低栄養に抵抗性な癌細胞を標的とした新規制癌法
がんの増殖と転移に重要な役割を果たす腫瘍血管新生──その増殖因子が発生する状態は、低酸素という条件だけでなく、低栄養という条件も不可欠であることを検証した。がんの悪性化や治療抵抗性のメカニズムを血管生物学の視点から解明したい。
東京大学 先端科学技術研究センター システム生物医学分野 特任助教 大澤 毅
腫瘍血管新生は、がんの増殖と転移に重要な役割を果たす

血管新生阻害療法の研究に入ったきっかけを教えてください。

僕は、ロンドン大学のがん研究所にいたときは、正常細胞にダメージを与える抗がん剤の影響(副作用など)について研究していたのですが、がん細胞のみをターゲットにするだけでなく、がんを作る環境も重要なのではないかと考え始め、日本に帰って、東大医科学研究所の渋谷正史教授(当時)のところに行きました。渋谷先生は、日本のがんと血管の領域では第一人者の方です。

渋谷先生に初めてお会いして、「自分は抗がん剤などの研究をしてきた。がんを将来的には治すことにつながるような研究をしたい」と話したら、先生は「新しい血管新生阻害療法というのが世の中にこれから出てくる状況だけれども、大澤君がイギリスで研究してきたように、それに対しても抵抗性になってくるがんというのもあるだろうし、それが効かないということもやっぱり考えられる」ということで、ならばその研究をしてみたいというのがきっかけですね。

現在の血管新生阻害剤は、個人差があるけれどもある程度有効であることが知られています。しかし、がんを完全に根治するのは難しいというのが現状です。僕は、血管新生阻害療法の効果が限定される場合に、がん細胞自体はどういう反応をするのかに焦点を当てて研究しています。

血管新生のメカニズムは、どういう状態で起きるのですか?

血管新生のメカニズムは、簡単に説明させて頂きますと、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)があって、この因子は“血管が必要ですよ”というときに出現します。がん細胞が、自分に栄養や酸素が足りないというときに、腫瘍自身がポッと因子を出すのです。因子は次に、増殖因子受容体(レセプター)というのにくっつきます。すると、血管の外側の細胞が“必要”というシグナルを受け取って、血管の細胞が増えていくわけです。そういう増殖に必要な酸素や栄養素を運んでくる血管を呼び寄せる機構がいわゆる「血管新生」で、それが腫瘍のできたところで起これば「腫瘍血管新生」と呼びます。

がん細胞における酸素や栄養の状態は、正常細胞とはどのように違いますか?

正常細胞というのは、栄養の量にしても酸素の量にしても、正常な組織を維持するための環境が整っています。つまり、その組織が組織たるものを形成できるような状態になっているのです。がん細胞というのは、組織に浸潤していって組織の形を壊すわけですから組織である必要がないわけです。ですから、無秩序なしっかりした形を作ってないところにどんどん増えてしまうという状況になります。正常細胞だとそういう状態では生きることができないし、増えることはできません。がん細胞と正常細胞の違いというのは、そういう無秩序な状態のときでもがん細胞は生きる能力があるという点が一番の違いじゃないでしょうか。

がんが増える前の段階はどうかというと、何らかの影響で最初にポッとがん細胞が1つ2つ現れる。そのがん細胞が増殖し2mm3以上に大きくなるときには新しい血管が必要で、血管新生が起こらないとがんはそれ以上には増殖できないことが分かっています。つまり、2mm3が境界線というわけです。

まさに、がん細胞は増殖するために血管新生を呼び込むのですが、その条件として、がん細胞自身に酸素が足りないという状況があります。現在、解明されていることは「“酸素濃度が低くなったとき”に血管内皮増殖因子VEGFが出る」と言われています。しかし、僕らの研究からは、酸素だけではなくて栄養も関係していて、両方の2本立てでこの因子が出てくる可能性があると考えています。


プロフィール
大澤毅

大澤 毅(おおさわ・つよし)
東京大学 先端科学技術研究センター システム生物医学分野 特任助教

平成10年9月 英国ロンドン大学キングスカレッジ入学
平成11年6〜8月 米国ハーバード大学 物理学 留学
平成13年8月 英国ロンドン大学 卒業
(King’s College London, B.Sc. Medical Biochemistry)
同年10月 英国ロンドン大学 癌研究所 博士課程 腫瘍学専攻
(University College London, Ph.D. Oncology)
平成17年12月 大学院博士課程 修了(平成22年1月学位取得)
平成18年1月〜19年3月 東京大学 医科学研究所 腫瘍抑制分野 研究員
平成19年4月〜19年12月 東京大学 医科学研究所 システム生命医科学 リサーチフェロー
平成19年4月〜23年3月 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子腫瘍医学 特任助教
平成23年4月より現職。腫瘍学博士 (Ph.D. Oncology)(ロンドン大学)

注釈
【渋谷正史】
しぶや・まさぶみ 医学博士。東京大学名誉教授、上武大学副学長、東京医科歯科大学医学部客員教授。VEGFレセプター因子の発見者。