研究紹介

がん研究 スポットライト

低酸素・低栄養に抵抗性な癌細胞を標的とした新規制癌法
低酸素、低栄養がもたらす悪影響と、新しい研究の流れ

酸素と栄養素の枯渇ストレスを繰り返すと、がん細胞は変わりますか?

2009年の抗血管新生阻害療法をマウスの実験で行った報告では、もともとの腫瘍の性質が悪くなって転移しやすくなるという論文がありました。僕は、がん細胞を酸素と栄養を枯渇した状態で培養して、がん細胞の性質を悪くすることがあるかというのを確認しました。

通常は栄養素が入っている培養皿の中でがん細胞を飼うのですが、通常の培養液のすべての栄養素を100分の1から3分の1程度にしたものというように段階的な培養皿を作りました。実際に様々ながん細胞を使って実験してみると、栄養素を100分の1にした培養皿の上で飼っても生き延びることができるがん細胞はほとんどいなかったので、少し栄養を戻して細胞を増やして、また栄養と酸素を枯渇させて、というサイクルを10回繰り返しました。

その結果、がん細胞自体の形も変わり、いろいろなシグナルが入ったり、運動能や浸潤能、足場が不安定なところでもコロコロ大きくなって増える能力などを獲得しやすくなっていました。また、その腫瘍をマウスの背中に移植すると、腫瘍が元のオリジナルのものに比べるとバーッと増えやすくなっていることが分かりました。血管新生の能力が強くなったと考えられます。

さらに驚いたことは、元の腫瘍の近くのリンパ節にがん細胞が転移していたこと。何回も酸素や栄養を枯渇した状態にさらすことを繰り返した細胞というのは、リンパ節転移を起こしやすく、そのストレスの回数が多い細胞ほど、浸潤能(転移)が鍛えられて強くなっていたのです。

【低酸素と栄養飢餓はがんの転移能を促進した】
低酸素と栄養飢餓はがんの転移能を促進した

今、がん幹細胞という説もあり、そういう存在も一部は関係してくるとは思いますが、栄養と酸素が枯渇した状態にさらされたがん細胞というのは、実は悪性化するんじゃないかと考えられます。そういう環境にさらされたがん細胞の中で生き残ることができた細胞というのは、ある種の選別をされていながらも、もともと強力になっていく要素があって強くなるのではないか。もしかしたら、血管新生阻害療法や抗がん剤などで一部残った細胞がパーッとまた再発して強くなるところに、必ず関連しているとは言い切れないけれども、低栄養、低酸素に対して強いものが出てくる可能性があるということを示唆したわけです。

低栄養・低酸素状況下でがんの悪化を促す因子を特定

前述の実験では、がん細胞自身が悪くなるだけでなく、宿主であるマウス自体の免疫状態もおかしくなって急性白血病を起こしました。がん細胞も強くなるし、ホスト自身の免疫機能などにも何らかの影響を与えている可能性のあることが分かったのです。

環境が極端な状態になったときにがん細胞自体が悪くなる。環境が戻れば元の状態に復する。可逆的なこういう状態に陥るときには、もしかしたら、ヒストンの状態が変わったりして遺伝子の発現変化が起こり、また戻ったときにスーッと戻るような、エピジェネティックな変化の可能性が考えられます。さらに、栄養や酸素がない状態だとがんが悪くなるときに、どういう因子がそれを制御しているかというのを調べたら、その可能性がある候補としていくつかの因子が挙がってきましたので、今はその解析を進めているところです。

今後の研究についてお聞かせください。

がん細胞の低酸素、低栄養の反応の研究においては既に、酸素がない状態の研究、栄養がない状態の研究、代謝のシフトの研究、それぞれ盛んに研究されています。でも、酸素と栄養の両方がない状態の研究というのはほとんどやられていない。そして現在は、エピゲノム研究が盛んに進められています。幸いなことに東大の先端研は、エピゲノム研究を戦略的に行っていますので、エピゲノム解析を中心とした展開を考えています。

私自身は現在、血管新生というテーマのもとにやっているけれども、「がんはどうしてできるの」みたいな、子どもでも誰でも考えるような疑問みたいなところ、最も根幹的なところまで最終的にはいきたいと考えています。栄養とか酸素というのは最も根幹にあるもので、栄養と酸素がなければ生命体として生きられません。それは、正常細胞の状態とどう区別できるのかという話に最終的にはなってしまいますから、そういうところをやりたいと考えています。

大澤毅

TEXT:阿部芳子 PHOTO:荒井邦夫
取材日:2012年2月9日

注釈
【培養皿の栄養】
培養皿の中にはがん細胞の成育に必要な栄養素、主にグルコース、アミノ酸、ビタミン、塩などの養分が含まれ、着色されている液状や固形の物質。培地。