研究紹介

がん研究 スポットライト

低酸素・低栄養に抵抗性な癌細胞を標的とした新規制癌法
がん細胞の発生時と増殖へのプロセスに必要な条件

がん細胞が酸素不足、栄養不足の状態になるのはなぜですか?

例えば、肌(皮膚)は新陳代謝が速いみたいなイメージがありますね。どんどん細胞が作られるので、死んでいる細胞もあれば生き残る細胞もある。正常細胞はある程度のサイクルで新陳代謝がありますが、がん細胞はもっと速いというイメージで考えていただくといいのかもしれません。周りにある栄養や酸素がどんどん少なくなって、必要量を得られないという状況に早く陥るのです。がん種とか、細胞の性質とか、コンディションとかによってもサイクルは変わりますが、共通していることは栄養状態が正常と比べて少なくなっている、あるいは枯渇するということです。

しかし、栄養が低くても生きられるという理由は、正常細胞ではあまりなく、まさにがん細胞において特徴的なのが「代謝経路の変化」です。最初にそういう代謝のシフトが起こると発表したのは、ドイツのオットー・ワーバーグという人です。当時(1956年頃)、“がん細胞は正常細胞と違う代謝経路を持っていて、栄養枯渇状態もしくは酸素がない状態でも生きるために何かやっている”というのが、「ワーバーグ・エフェクト」説でした。

血管新生阻害療法剤は、がん組織にどういう働きをしますか?

腫瘍血管新生の経路で最も重要なのが、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とその受容体(VEGFR)です。現在、血管新生阻害剤として臨床応用されているものは、2タイプあります。1つは、アバスチンと呼ばれている抗VEGF中和抗体で、VEGFをブロックするもの。もう1つは受容体のシグナルの入るところをブロックするもので、ソラフェニブ、スニチニブという低分子化合物2種類があります。未解明ですが、実際はこの経路以外にも血管新生に重要な経路というのが周りにあります。

【血管内皮細胞増殖因子(VEGF)と増殖因子受容体(VEGFR)】

実験で、マウスの背中の皮下に腫瘍を接種します。すると2日目以降に血管がバーッと生えてきます。2日目以降に生えてくるということは、腫瘍、がん細胞が大きくなるのにはがん細胞自身だけでなく、周りの環境にいる細胞たちも、実はその増殖因子を多かれ少なかれ出していて、その中でも腫瘍血管というのが重要だということを示しています。一方、腫瘍を移植したマウスに、VGEFを抑える中和抗体(アバスチン)を付加すると、腫瘍は小さくなります。下図は、あくまでもマウスでの実験結果ですが、中和抗体の量を1mg/kgから10mg/kgと増やしていくとほとんど腫瘍ができなくなります。

【アバスチンでVEGFを中和した腫瘍は、著しく成長が抑制された】

では、実際に人ではどうなのか。
2004〜2007年に、悪性度の高い大腸がん等で行われた大規模な臨床試験の結果は、患者さんの予後が延びる、つまり延命効果はあるというものでした。確かにそうなのですが、僕たちが注目したのは延命率の推移で、一定の延命効果はあるものの長期生存はなかなか難しいことです。すなわち、がん細胞と周りの環境を含めた組織が血管新生阻害療法に対して耐性を獲得する可能性があり、そこのところを標的にした新しい治療法を追究したらよい、ということです。

【血管新生阻害療法によって進行がん患者の生存率を増加させた】
注釈
【オットー・ハインリッヒ・ワールブルク】
Otto Heinrich Warburg(1883- 1970)ドイツの生理学者、医師。細胞内で低酸素濃度下において腫瘍が発達することを最初に実証した。1931年、呼吸酸素の特性および作用機構の発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞。1966年、がん細胞の発生の根本的な原因は、嫌気的なモノであるという証拠を発表した。
【ベバシズマブ】(商品名アバスチン)
他の部位に転移した大腸がんの治療に使用される。
【ソラフェニブ】(商品名ネクサバール)
腎臓がんや肝細胞がんに対しては保険適応。乳がんに対しては臨床試験中。
【スニチニブ】(商品名スーテント)
消化管間質腫瘍や腎臓がんの治療に使用される。