研究紹介

がん研究 スポットライト

副作用の少ない抗がん剤開発を目指して肺や膵臓の内分泌がんに深く関わるがん抑制遺伝子PHLDA3の機能解明に挑む
特異的な抑制効果を抗がん剤開発に生かす

PHLDA3がAktの活性化を抑制するメカニズムを詳しく教えてください。

細胞膜を通して増殖のシグナルが伝わると、細胞膜表面にあるイノシトールリン脂質「PIP2」が「PIP3」に変換されます。AktのPHドメインはPIP3と結合する性質があり、不活性な状態にあったAktはPIP3に結合後、活性化します。そして、活性化したAktはさまざまなたんぱく質をリン酸化し、細胞の増殖などを促す生存シグナルを発するのです。Aktは強いがん化能を持ちますが、PIP3と結合しなければ活性化しないので、がん化も促進しません。
一方、PHLDA3は構造の大半がPHドメインであり、細胞膜のPIP2やPIP3などのPIP群と結合します。細胞にAktのみが存在する場合はPIP3と結合したAktが膜表面に局在化します。ところが、PHLDA3が同時に存在する場合にはAktの膜表面への局在化は認められませんでした。PHLDA3が優先的にPIP群と結合したために、AktとPIP3が結合できなかったのだと考えられます。違う見方をすれば、PHLDA3はAktと PIP3との結合を阻止することで、Aktの活性抑制とがん化抑制の役割を果たしているのです。

PHLDA3が細胞に及ぼす変化を調べるために、アデノウィルスを使って実験を行った。何も手を加えないシャーレ(Ad-Lac Z)と、PHLDA3を添加したシャーレを比べると明らかな違いが認められる。この違いはPHLDA3によって細胞死が引き起こされたためである。

AktとPHLDA3の関係性を調べるための実験。上段3枚の画像はPHLDA3なし、下段3枚の画像はPHLDA3ありの状態。
上段左はDsRedという赤い蛍光たんぱく質を検出した画像。上段中央は同じ細胞のAkt(緑)を検出したもので、Aktの膜表面への局在化が認められる。上段右は左と中央の画像を重ねたものである。このことからPHLDA3がない場合にはAktは細胞膜表面に局在化し、がん化シグナルを伝えていることがわかる。
下段左はコントロールPHLDA3(赤)を検出した画像。細胞膜表面にPHLDA3が局在しているのが見て取れる。下段中央は同じ細胞のAkt(緑)を検出したもので、細胞全体が緑色に染まり、PHLDA3によってAktの膜表面への局在化が阻害されており、がん化シグナルの伝達が抑制されていることがわかる。下段右は左と中央の画像を重ねたものである。

PHLDA3はp53とかかわりが深い遺伝子でしたね。

そうです。転写活性化因子であるp53はさまざまな機能を持つ遺伝子を転写誘導し、損傷を受けた細胞の増殖停止、修復や細胞死などに深くかかわっています。ですが、ヒトのがんの多くのものではp53の機能が失われているため、異常な細胞が適切に修復、除去されなくなっています。PHLDA3はp53によって直接転写誘導される遺伝子です。p53の変異によってPHLDA3が産生されなくなれば、Aktの活性化が抑制されないので、細胞が異常に増殖してがん化します。
今回の研究により機能未知だったPHLDA3のがん抑制機能が明らかになったので、我々はこの成果を抗がん剤開発につなげたいと考えています。従来の抗がん剤は正常な細胞も攻撃してしまうため、服用者の身体的負担は少なくありませんでした。それに対して、PHLDA3をベースにした抗がん剤はAktの活性化を抑制する分子標的薬ですから、副作用が少なく、治療としても高い効果を発揮するはずです。

細胞膜に増殖因子が結合すると、細胞膜にPIP3が産生され、Akt遺伝子がPIP3と結合して活性化するのだが、p53によってPHLDA3が誘導されると、PIP2やPIP3はPHLDA3と結合するため、Aktとは結合しない。PHLDA3はAktの活性化を直接的に阻害していると言える。

新しい抗がん剤を開発するために必要なことはどのようなことでしょうか?

PHLDA3タンパク質自体を抗がん剤として用いるか、PHLDA3と同じ構造を持つ分子を開発する必要があります。いずれにしてもまずはPHLDA3の構造を解析しなければなりません。
構造解析にあたって注目すべきは、細胞内にはPHドメインを持つ分子がたくさんあるのに、AktとPIP3の結合を阻止するのはPHLDA3だけだということ。我々は、PHLDA3が特異的に機能する理由を構造の問題だとみています。つまり、細胞膜上にはPIP群のほかに未解明のたんぱく質Xがあって、AktとPHLDA3はPIPとXの双方にピタッとはまる構造を持つのではないかと考えているのです。たとえるならパズルのようなもので、PHLDA3とAktはピタッとはまる構造を持っているけれど、そのほかの分子は形状が合わないので結合しないというわけです。
Aktに対して特異的に効果を発揮する抗がん剤を開発するためには、PHLDA3の正確な構造解析が必須条件です。現在はコンピュータを使ったモデリングを行ってPHLDA3とAktのPHドメインに共通する構造を解明しつつあり、それと並行してX線構造解析にも取り組んでいます。平成24年度中には正確な構造を確定できると思います。

PHLDA3とAktの特異的な関係性は分子構造に基づくとみられる。大木研究室では、AktとPHLDA3は共に細胞膜に存在するイノシトールリン脂質(PIP)とたんぱく質Xの両者にフィットする構造を持つという仮説を立てて研究を進めている。

AktのPHドメインとPHLDA3のモデリングデータを使って、分子構造のなかでも特に重要な部分の特定を進めている。

実際に抗がん剤を作る場合、PHLDA3とまったく同じ構造である必要はない。細胞膜に結合する部分と、そのほか機能的に重要な部分だけに絞ってデザインすれば、分子量の少ない薬を作ることが可能である。

注釈
【PIP2/PIP3】
どちらも同じ基本構造を持つイノシトールリン脂質だが、リン酸の数が異なる。PIP2はホスファチジルイノシトール二リン酸、PIP3はホスファチジルイノシトール三リン酸。