研究紹介

がん研究 スポットライト

胃がん早期発見への貢献はもちろんのこと胃がん以外のマーカー開発にもつなげたい
胃がん以外のバイオマーカーとしての可能性を探る

TFFのうちTFF3の起源が不明なのですね?

不思議なことにバイオマーカーとして最も期待できるTFF3が、実はその起源(オリジン)が不明です。萎縮性胃炎で起こる変化の一つが「腸上皮化生」ですが、元来腸から出ているTFF3は腸上皮化生でも確かに出る。それがわかっていたのでTFF1・2のほかにTFF3もバイオマーカーになり得るか研究を始めたのでした。とはいえ、当初はあまり期待していませんでした。胃にちょぼちょぼ出現する腸上皮化生の面積に比べたら小腸大腸の粘膜の面積のほうがはるかに巨大ですから、腸上皮化生からわずかに出る量が増えたとしても血中のTFF3量の変化に影響はないだろうと。ただ、正常な小腸大腸の粘膜よりも病気の粘膜である腸上皮化生からのほうがTFF3が血中に漏れやすいかもしれないと予想はしていました。ところが、手術で胃を切除しても血清TFF3が下がらないという結果を得た。「ではTFF3の起源は腸上皮化生ではなくいったいどこなのか?」という疑問がわいてきたのです。

現段階で推測されている起源はどこでしょうか?

かなりあやふやで想像の域からまったく出ていませんが、免疫系の関与かもしれません。がんがあると免疫力が下がりますからね。また、海外では「血清のTFF3は妊娠中にかなり上昇する」という報告があります。ところがこの研究でも胎盤や胎児が起源ではないのです。がんがある状態と妊娠中はどちらも体内で激しく分裂増殖するものをもっているという点で共通していますから、そうしたことに関連があるかもしれません。でも正直いって全然わからない。ですから動物実験で検証していこうとしているわけです。いまはマウスとラットに発がん剤を使って胃がんをつくっている段階。動物の実験胃がんでも血清TFFの上昇が確認できれば、次は起源の検討に入っていくことになります。

TFF3の起源が不明ということから、新たな可能性もでてきたそうですね?

TFF3が胃がんだけではなく、ほかのがんのバイオマーカーになる可能性があります。前立腺がんで血清のTFF3が上昇することは既報されていますが、それ以外のがんに対して調べたという報告はまだどこからも出ていません。先ほど妊娠中に上昇するとお話ししたように、体内でなにかが増えていくとTFF3が上昇するのなら、それこそ通常の検診では見つけにくい膵がんや肺がんなどの早期発見につながるかもしれません。現段階では膵がんで調べただけですが、けっこう上がっています。膵臓は胃と違って、正常な状態ではTFFは発現しないのです。膵臓でTFF3が出ていれば、それはがん状態だといえそうです。
とはいえ基礎研究の立場でいえば、TFF3ががん全般のバイオマーカーになる可能性があるとだけ発表しても「特異性がない」と突っ込まれるのは目に見えています。私自身は半分は臨床医ですから実務的にはそれでもいいと思うのですが……採血した値が上昇していたら体内のどこかは不明でもがんの疑いがあるということで精密検査に移れます。スクリーニングとしてじゅうぶんに効能があると思うのです。これは怪しいと思ったらそのあとで胃カメラをやり、腸のカメラをやってCTまでやれば、ほぼカバーできますからね。

臨床と基礎研究の両立はたいへんだと思います。

そこがいちばんつらいところでして、私自身は二足の草鞋をはくことに満足している人生なんですが、どちらかに特化していたときに比べれば、なかなか思うように進まないというジレンマはありますね。大学院生時代とアメリカ留学中は基礎研究に特化していましたし、当然ながら研修医時代は臨床に特化していましたが、2005年に帰国してからは両方同時にやっているというかたちです。病院の医師としては基本が臨床ですから、私も胃がん専門の消化管外科医として週2回の外来と内視鏡や手術も行ないます。昼間は臨床、研究はその後というのが理想的なパターンかなと思いますが、子育てもあってなかなかそれもままなりません。上が4歳、下が1歳になったばかりの娘2人を朝7時半に東大内にある保育所に預けて出勤、夜7時過ぎにひきとり帰宅する毎日。それでも、子どもをもつ前に比べたらずいぶん早く帰っています。思い返せば妊娠中や産後1年くらいは体力も落ちていましたし、いまも当直は免除させてもらっています。国家試験に合格する女性が増えても産休育休をとるから医師不足に拍車をかけているという批判があるのも承知しています。それだけに、自分がこうしてやっていけているのは、医局のみなさんに大いに助けてもらっているからこそと感謝しています。

野村幸世

TEXT:冨田ひろみ PHOTO:仁 智之
取材日:2012年2月6日

注釈
【腸上皮化生(チョウジョウヒカセイ)】
メタプレージア(化生)の一つで、胃の粘膜なのに腸の粘膜のような性質をもつこと(胃の粘膜なのに「腸みたいな顔つきになる」と表現されることも多い)。