研究紹介

がん研究 スポットライト

iPS細胞からがん幹細胞モデルを作成・樹立し、その応用をめざす
胃がん検診の負担軽減、早期発見につながるバイオマーカーの開発へ

TFFが胃がんバイオマーカーになり得ると発想された根拠を教えてください。

消化管から分泌されるものをバイオマーカーにしようとするとき、その条件として重要なのが「肝臓で代謝されてはいけない」ということです。消化管で吸収されたり、消化管の粘膜から出ているものは、消化管の静脈系に入り、さらに門脈を通って肝臓にいきます。消化管で吸収された栄養分が肝臓で蓄えられるわけですが、肝臓には解毒作用のようなものもあって、消化管から入った毒素などは肝臓で代謝されてしまいます。つまり、消化管にできたがんから分泌されたものも、その多くが肝臓で代謝されてしまうのです。そうなると採血した血中ではすでに薄まってしまい、バイオマーカーにふさわしくありません。ところがTFFはいずれも肝臓でほとんど壊されず、ほぼそのままの形で尿に排泄されます。消化管でのバイオマーカーとしての条件をクリアしているのです。  
いま「尿に排泄される」と解説しましたが、TFFなら将来的には尿検査が可能と考えています。ただし、尿は各人が摂取した水分量で濃度が左右されやすいため、検査前になんらかの処置をするか、検査値を割り出すための計算が必要にはなるでしょう。それでも、尿によるがん検診は考えてみる価値がじゅうぶんにあると思っています。

尿検査でがん検診ができたら受診者の負担はかなり軽くなります。

自治体検診の多くが、まずバリウム検査、そこで「要精検」と判定されて胃カメラ(内視鏡検査)に進むパターンのようです。こうした検査を面倒と思う人は少なくないですし、仕事を休まざるを得なかったり、バリウムを飲むのも一苦労だったり、放射線被曝の不安が拭えない人もいますし、胃カメラも小型化が進んで経鼻のものもあるとはいえ敬遠する人はいます。こうした胃がん検診の煩雑さや侵襲性を少しでも取り除いて検診受診率を上げたいのです。臨床医としての理想をいえば、最初から胃カメラ検査を義務づけられたら胃がんで死ぬ人は激減するでしょうが、そんな仮定は非現実的です。まず血液や尿検査でスクリーニングができれば、検診受診率はかなり上がるのではないかと考えます。
私が医師になって数年でわかったことの一つは、「ブラック・ジャック」みたいな天才外科医など存在しないということです。胃がん専門の外科医として言えるのは、胃がんで助かるかどうかは、やはり早期発見できるかにかかっている。膵がんや肺がんのように早い段階で見つけても予後が厳しいがんもありますが、胃がんの場合は早い段階で見つければほぼ完治が期待できます。胃がんによる死亡率を減らすうえでもっとも重要なことは、胃がん検診をみなさんが受けることだと強調しておきたいのです。

現状のペプシノゲン法よりもTFFのほうがすぐれているのですか?

ペプシノゲン法を最初から検診項目に加えている自治体はさほど多くないと思いますが、ペプシノゲンももちろん安定したタンパクであることは確かです。ただ、TFFとの比較については既に発表しましたが(図)、ペプシノゲン法とTFF2が同程度、TFF1はそれよりも高く、TFF3はさらに高いというデータがでていまして、ペプシノゲン法よりもまさっているというのが今回の結論です。

【胃がんと血清TFF】

sensitivity:感度、specificity:特異度
ROC 曲線:グラフ線が描くカーブの下の面積が大きいほど検査に適していることを表す

TFFのほうがバイオマーカーとして期待できる根拠がもう一つあります。ピロリ菌感染者の胃の粘膜では萎縮性胃炎が起きていることが少なくありません。ところが抗生物質で除菌すれば萎縮性胃炎はだんだんよくなり、粘膜が正常な状態に戻ります。それ自体はとてもいいことですが、ペプシノゲン法は萎縮性胃炎の萎縮に基づいた検査法ですから、除菌をした人にはペプシノゲン法で胃がんを見つけることはできなくなります。
この点を多くの方が誤解されているのですが、ピロリ菌を完全除菌すれば胃がんの不安は消える、がん検診も不要だなどとはけっして思わないでほしいのです。除菌後も胃がんになる人はいます。もちろん、胃がんの発生率が抑えられるので除菌はしたほうがいいのですが、除菌をしたことで胃がん検診をやめては逆効果と言うか、元も子もありません。どの検査にも検査の限界というのはありますから、たとえ除菌後も定期的に継続して検診を受けることが、なによりも胃がんの予防策になるのです。

注釈
【胃がん検診受診率】
がん情報サービス(独・国立がん研究センターがん対策情報センター)発表の「男女別がん検診受診率」によれば胃がん検診受診率は2004・2007・2010年の順で男性27.6%、32.5%、34.3%、女性22.4%、25.3%、26.3%。
【ペプシノゲン法検査】
萎縮性胃炎の有無を調べる検査。ペプシノゲンT(PGI)の血中濃度とPGI/PGII比(ペプシノゲンT÷ペプシゲンU)の組み合わせにより判定。ペプシノゲンとは胃液に含まれるタンパク質分解酵素「ペプシン」のもとになる物質。この検査だけで胃がんかどうかは判定できない。
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