研究紹介

がん研究 スポットライト

ELAS1のアポトーシス亢進能を応用し新規がん治療の開拓を目指す
癌細胞を効率よくアポトーシス(細胞死)誘導するELAS1を開発した野島教授はこのペプチドがもつ利点をいかした新たな治療法を提案する。とりわけ、医療現場で定着しているカテーテル治療を応用して、ELAS1を装備した次世代腫瘍溶解性ウイルスを癌組織まで運ぶという画期的なアイディアの実現を目指している。
大阪大学微生物病研究所 教授 野島 博
癌細胞を効率よくアポトーシス(細胞死)誘導するELAS1

CyclinG1はこの研究所で発見されたそうですね?

私がこの微生物病研究所の助教授(准教授に相当)だった頃、当時の岡山博人教授(現東大名誉教授)の下に大学院生であった田村和義氏(現在は脳神経外科医)らとともに発見したタンパク質(遺伝子)です。論文発表したのが1993年ですからもう22年以上前になります。当時は、細胞周期を制御するサイクリンと呼ばれるタンパク質群の発見がブームのようになっていました(サイクリンA〜Fまで見つかっていた)。私たちが発見したのもサイクリンと類似の構造をもっていたので、サイクリンGと名づけました。数年後にアメリカの研究者が、サイクリンGのサブタイプを見つけてサイクリンG2と名づけましたので、現在では我々が見つけたタンパク質はサイクリンG1と呼ばれています。

そのサイクリンG1の一部分をペプチド合成したのがELAS1ですか?

ELAS1は、EGF/Erb1-Like Auto-phosphorylation motif plus Six aminoを略したもので「イーラズワン」と呼んでください。サイクリンG1(CydclinG1;略号CycG1)は、脱リン酸化酵素(PPA2)の制御サブユニットの1つであるB'γのN末端側と結合しますが、その結合領域であるCycG1のC末端領域と同じアミノ酸配列を化学合成して作製したペプチドで、29のアミノ酸から成ります。

当初は23個のアミノ酸から構成されるELAペプチドを合成して実験したのですが、阻害効果が弱くて研究が停滞してしまいました。今からちょうど2年前の秋頃、通勤途上に突然、停止コドンまで伸ばす形で6個のアミノ酸を余分にくっつけたらと思い立ち、それでやってみたら強い阻害作用を示したのです。さらに研究を続けたところ、ELAS1を細胞に導入するとCycG1とB'γの結合が競合的に強く阻害されることがわかりました。

ELAS1とは?

「競合的な阻害」について具体的にご解説ください。

研究を進めた結果、ELAS1は2つの分子標的を狙い撃ちできることがわかりました。下図はその機序をかなり簡略化したものです。ELAS1が過剰発現すると2カ所の脱リン酸化を同時に阻害して、癌細胞のアポトーシス(細胞死)を亢進するのです。

1つめは、Mdm2-pT218の脱リン酸化を阻害します。もともとMdm2-pT218pは、T218(Thr218)が脱リン酸化されたときに活性化されて、p53にユビキチン(ub)を付加することでp53そのものを壊してしまいます。ところがELAS1を細胞に導入するとELAS1が過剰発現することにより、脱リン酸化が進みません。つまり、リン酸化状態がずっと続くためにp53が安定化される。これによりp53を介した癌細胞のアポトーシスが亢進されます。

正常のMdm2は核小体に局在する(淡青矢印)が、Mdm2-T218A変異体はT218がリン酸化できないため、核内に分散する(ピンク矢印)。

もう1つの標的がp53-pS46の脱リン酸化。つまり、ELAS1がp53-pS46の脱リン酸化を阻害します。安定化されたp53はS46(Ser46)がリン酸化されることによって、癌細胞を強力にアポトーシスへ誘導する役割をもっていますが、ELAS1が過剰発現されるとp53-pS46の脱リン酸化が進まなくなります。リン酸化が継続するわけですから、結果として癌細胞のアポトーシスがいっそう強く誘導されることになるのです。

この働きは、新たなサイクリンG1の機能として私たちが発見したもので、2015年春に論文発表したばかりです。

ELAS1は2つの分子標的を狙い撃ちにする

プロフィール
野島 博

野島 博(のじま・ひろし)
大阪大学微生物病研究所 教授

昭和54年3月(1979)東京大学・理系大学院・生物化学専攻・博士課程卒業、理学博士号取得
昭和54年3月(1979)日本学術振興会奨励研究員
昭和54年7月(1979)米国スタンフォード大学医学部・博士研究員指導教官:Prof. Roger Kornberg(2006年ノーベル化学賞受賞)
昭和57年4月(1982)自治医大薬理学教室助手
昭和58年10月(1983)自治医大薬理学教室講師
昭和63年10月(1983)大阪大学微生物病研究所助教授
平成7年5月(1995)大阪大学微生物病研究所教授