研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞で異常なタンパク質がつくられるしくみを、「mRNA再スプライシング」現象から探る
がん細胞では、正常細胞には存在しない異常なタンパク質が多くつくられている。不思議なことに、この事実はがんで見られる遺伝子の突然変異だけでは説明できない。前田教授らは「mRNA再スプライシング」という現象ががん細胞で起こっていることを証明。この現象は、もしかすると、がんで異常な転写産物やタンパク質が大規模につくられる原因かもしれない。ならば、正常な細胞には、無分別な「mRNA再スプライシング」を抑えるしくみがあるに違いない。これらの興味深い仮説が正しいかどうかを検証しようとしている。
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 遺伝子発現機構学研究部門 教授 前田 明
1つの遺伝子から多数のタンパク質を生み出す原理「選択的スプライシング」

「スプライシング」とは何ですか? また、がんとどう関係するのでしょうか。

2003年にヒトのゲノムの解読が完了しました。その全長は約30億塩基対あり、私たちが生きるのに必要な遺伝子の暗号(遺伝暗号)のほとんどがここに含まれています。しかし、遺伝子に対応する部分は約4分の1、さらに遺伝子の中で実際に遺伝暗号が書かれている部分は約100分の1しかないことがわかりました。たとえて言うならば、遺伝暗号がまったく書かれていない大洋に、遺伝暗号の部分が離れ小島のように点々と存在する状態です。

細胞内では、遺伝子(DNA)からmRNAに遺伝情報が伝えられ、最後にタンパク質がつくられます。この過程を遺伝子発現と言います。それぞれの細胞において、必要に応じて遺伝子は転写されてmRNA前駆体ができ、そこから「イントロン」と呼ばれるmRNAに不要な部分が丁寧に切り取られます。そして、「エクソン」と呼ばれるあとに残った部分が連結することで、やっとmRNAが完成し、タンパク質の設計図として働きます。イントロンを切り取り、エクソンをつなぎ直す過程を「スプライシング」と呼んでいます。ヒトの場合、1つの遺伝子は、平均して約10個の短いエクソン(平均〜160塩基)が、はるかに長いイントロン(平均〜5800塩基)によって分断されています。

【遺伝子発現:遺伝子上の遺伝情報がタンパク質産物に伝えられる過程】

ここで重要なことは、1つの遺伝子において、イントロンとなる領域は、必ずしも決まっていないということです。mRNA前駆体には、切り取りの始まりとなる部位と、終わりとなる部位の候補がいくつもあります。そのうちのどれとどれが組み合わさって切り取られるかによって、何通りものmRNAができます。これを「選択的スプライシング」といい、多いものでは1つのmRNA前駆体から数100通りものmRNAができる場合もあります。つまり、1つの遺伝子から数100種類のタンパク質ができる場合もあるということです。遺伝子とタンパク質の対応は「1対1」対応ではなく、「1対多」対応なのです。ヒトは2万を少し超えるぐらいの数の遺伝子しかもっていませんが、この選択的スプライシングというしくみによって、少なくとも12万種のタンパク質が生み出され、高度な生命機能を演出しているわけです。

【多様なタンパク質をつくる主要な原理である選択的スプライシング】

ヒトでは9割以上の遺伝子の転写産物が選択的スプライシングを受けていますが、それはそれぞれの組織や器官の機能に応じて正確に制御されています。誤った選択的スプライシング、異常なスプライシングが起きてしまうと、機能すべきタンパク質ができなくなり、実際にさまざまな疾患やがんの原因となることが知られています。


プロフィール
前田 明

前田 明(まえだ・あきら)
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 遺伝子発現機構学研究部門 教授

1989年 筑波大学大学院医学研究科修了、医学博士
1989年 九州大学理学部生物学科 学振特別研究員PD
1990年 米国スプリングハーバー研究所 博士研究員
1993年 同研究所 准研究員
1995年 同研究所 研究員
1998年 米国マイアミ大学医学部 助教授
2000年 米国シルベスター総合がんセンター 研究員(兼任)
2007年 藤田保健衛生大学総合医科学研究所 遺伝子発現機構学研究部門 教授

注釈
【塩基】
DNAの構成要素(ヌクレオチド)は糖と塩基、リン酸からなり、遺伝情報はA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)と呼ばれる4種類の塩基の3連続の配列(コドン)によって伝えられる。転写されたRNAでは、T(チミン)の代わりにU(ウラシル)になっている。