研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞で異常なタンパク質がつくられるしくみを、「mRNA再スプライシング」現象から探る
mRNA再スプライシングとがんの関係を探る

他の遺伝子でもmRNA再スプライシングは起こっているのでしょうか?

それは、いい質問ですね。もちろん、TSG101遺伝子が特殊な場合という可能性もありますから、別の遺伝子でもmRNA再スプライシングが起きていないか探しました。すると、FHITという遺伝子でも同様のことが起きていることがわかりました。FHITでは、多くの種類のがんで118万塩基を超える非常に長い距離を隔てた異常スプライシングが頻繁に起こっています。TSG101と同様の実験を行ったところ、やはりエクソンだけの環状RNAが検出・同定され、実際にmRNA再スプライシングが起こっていることを証明できました。

これまでにも、特殊な種類の多段階スプライシングが特定の遺伝子で起こっていることが報告されていました。しかし、本来はタンパク質の鋳型となるべきmRNAに、広範に再スプライシングが起こり得ることを明らかにしたのは、私たちが初めてです。

mRNA再スプライシングの発見を端緒とする今後の研究の重要性と展望をお聞かせください。

私たちはがん細胞において、複数の遺伝子で、mRNA再スプライシングという一風変わった現象が起こっていることを見つけたわけですが、この発見は、生物学的に重要な2つの問題を解く鍵になっています。下の図を見ながら説明しましょう。

【mRNA再スプライシング現象の役割】

mRNA再スプライシング現象はがん細胞での大規模遺伝子発現破綻を合理的に説明する。正常細胞ではその抑制機構が働いていることが示唆され、それはmRNA品質管理システムとして重要であると予想できる。

1つめは、がん細胞では再スプライシングが普遍的な現象だろうか、という問題です。がん細胞で見られる大規模な転写産物(トランスクリプトーム)やタンパク質(プロテオーム)の異常は、遺伝子(ゲノム)変異だけではまったく説明できません。もし、このようなmRNA再スプライシングが、がん細胞特異的に、多くの遺伝子で起こっているのであれば、スプライシングの大規模な破綻を起こしますから、この事実をうまく説明できます。幸い、私たちの大学では「疾患遺伝子網羅的解析センター」が開設され、高性能の次世代シーケンサーが稼働し始めました。今後、がん細胞でmRNA再スプライシング現象が、ほんとうに多くの遺伝子で普遍的に起こっていることを、次世代シーケンサーを利用した網羅的な解析で明らかにしようとしています。

2つめは、正常細胞では再スプライシングがどのように制御されているか、という問題です。当然のことながら、この異常なmRNA再スプライシングが無秩序に起これば、それは有害きわまりないわけですから、正常細胞ではきちんと制御されているに違いありません。逆に、正しく制御されたmRNA再スプライシングは、多数のエクソン・イントロンを除外する機能的な選択的スプライシングに打ってつけのメカニズムになります。がん細胞でmRNA再スプライシングを促進する因子が働いていると共に、正常細胞でそれを抑制する因子が働いていると考えられます。今後は、このようなmRNA再スプライシングの促進因子・抑制因子を同定し、mRNA再スプライシングが起こるメカニズムに迫っていきたいと思っています。実は、「通常、スプライシングが完了した成熟mRNAは再びスプライシングされることはないが、それはなぜなのか?」という単純な疑問に対し、まだ満足な答えがありません。再スプライシング現象は、くしくも未知のスプライシング完了機構を探索する絶好のモデルになっており、新たなmRNA品質管理機構の発見につながる重要な研究に発展するに違いありません。

mRNA再スプライシングが起こっていることを証明するのは一筋縄ではいかず、足掛け6年の歳月を要しました。この忍耐のいる研究課題を精力的に進めてくれた亀山俊樹助教とともに、mRNA再スプライシングを切り口にした先駆的な研究を展開していきたいと思っています。再スプライシングのメカニズムの全貌が解明できれば、がんの増殖や浸潤などの悪性化を抑える治療法の開発にもかかわっていくでしょう。

前田 明

TEXT:秦 千里 PHOTO:大塚 俊
取材日:2013年12月18日