研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞で異常なタンパク質がつくられるしくみを、「mRNA再スプライシング」現象から探る
異常なスプライシングが起こるまったく新しいメカニズムを発見

前田先生が研究しておられる「mRNA再スプライシング」とはどういうものですか?

スプライシングの際には、2段階の過程を経て、mRNA前駆体からイントロンが投縄状の形で切り出され、成熟mRNAができます(下図左)。切り取られるイントロンの始まり(5´ スプライス部位)と終わり(3´ スプライス部位)、そして投縄状構造をとる分岐点(ブランチ部位)周辺の塩基配列には特徴があり、それらはスプライシングの重要な目印となっていることが知られています(下図右:出現頻度の高い配列ほど大きな文字として表されている)。とりわけ最初と最後のそれぞれ2塩基(GUとAG)は、ほとんど保存されていて、実際に、この4塩基に変異が入るとたちまちスプライシングがおかしくなってしまい、それが原因となる遺伝病が数多く知られています。そこで、これらの配列の保存性を定量化することによって、スプライス部位の強さを評価することができます。実際には、強いスプライス部位をもつイントロンが、必ずしもよくスプライシングされるとは限りませんが、少なくともイントロンがスプライシングされるかどうかの目安にはなります。

【スプライシングの2段階の反応と、イントロンを特徴づける塩基配列】

私たちが最初にmRNA再スプライシング現象を発見したのはTSG101遺伝子です。いろいろな種類のがん細胞で、正常なmRNAに比べ901塩基短いmRNAがつくられることが、以前から知られていました。正常な細胞では、この異常mRNAはほとんどできませんが、がんが悪性であるほど、この異常mRNAがより効率よくつくられる傾向があります。この異常mRNAは、非常に遠く離れた(37834塩基)エクソンの中にある選択的スプライス部位がスプライシングに使われています。しかも、この選択的スプライス部位の配列を定量化すると、かなり弱いことがわかりました。この際、なぜ本物の強いスプライス部位が無視されて、遠く離れた弱い選択的スプライス部位でスプライシングが起こるのか、非常に不可解です。私たちが考えた「mRNA再スプライシング」仮説は、この現象を合理的に説明できるのです。

【TSG101の異常スプライシングは遠く離れた選択的スプライス部位を使う】

通常のスプライシングが起こって正常なTSG101 mRNAができあがったあと、もしmRNAに再度スプライシングが起これば、mRNA前駆体の段階では37834塩基も離れていたスプライス部位が、たった901塩基に近づき、その間のスプライシングが起こりやすくなるでしょう(上の図)。さらに、この仮説では、強いスプライス部位が無視され、弱い選択的スプライス部位でスプライシングが起きる理由もうまく説明することができます。本来のスプライス部位は一度目のスプライシングによって、スプライス部位に特徴的な塩基配列を失ってしまうからです。

私たちは、実際にそのような現象が、正常細胞ではなく、がん細胞で起きていることを証明したのです。

そのmRNA再スプライシングが起きていることはどのように証明したのですか?

もし、がん細胞でスプライシングが完了したmRNAが再びスプライシングされているなら、がん細胞にイントロンをあらかじめ除いたTSG101 mRNAを外から導入すれば、スプライシングされ、がん細胞で検出されたのと同じ異常mRNAができるはずです。この最初の実験のために、mRNAと同じ配列をもつcDNAの後部に、GFP遺伝子をつなぎ、予想のスプライシングを受けたときだけ、細胞が緑色に光るように工夫しました。この実験をやってみると、見事に緑色に光る細胞があったのです(上の顕微鏡図)。つまり、がん細胞は成熟mRNAを再びスプライシングする能力をもっていることを意味します。ただし、この実験からは、細胞内にあるTSG101遺伝子から転写され、スプライシングされたmRNAが再びスプライシングされているかどうかは示せません。

私たちは、スプライシングで取り除かれたRNA産物、もちろん通常はイントロンですが、それが投縄状という特別な構造で切り出されることに注目しました(このページの最初の図左)。細胞内のTSG101遺伝子から、短い異常なmRNAが生じる経路を見てみましょう(下図左)。スプライシングが一度だけ起こるという従来の考え方ですと、複数のエクソンとイントロンを含む大きな投縄状RNAが切り出されてきます。一方、私たちの仮説であるmRNA再スプライシングが起こる場合、1回目の通常スプライシングでイントロンがすべて取り除かれてエクソンだけのmRNAになってしまっているので、2回目の再スプライシングでは、エクソンだけからできている投縄状RNAが切り出されるはずです。エクソンだけの投縄状RNAが存在し、エクソンとイントロンの混ざった投縄状RNAが存在しないことを示すことができれば、mRNA再スプライシングが起きていることを証明できます。もちろん後者の大きな投縄状RNAがスプライシングされ、内部のイントロンが取り除かれれば、前者のエクソンのみの投縄状RNAができあがりますが、その場合は、必ず大きな投縄状RNAがスプライシング前の産物として、鋭敏なPCR法で検出されてしまいます。

この証明には、私がマイアミ大学医学部にいたときに、博士研究員だった鈴木仁さん(現 北陸先端科学技術大学院大学助教)が開発してくれた技術をうまく利用しました。それは、大腸菌 3´-5´ エキソリボヌクレアーゼ(RNase R)というRNAを3´末端から分解していく酵素を使います。投縄状RNAをRNase Rで消化すると、末端から分解していき、枝分かれのところで分解が止まり、環状の部分だけがうまく残るのです(下図右)。細胞から取り出した全RNAをRNase Rで処理すると、直鎖状RNAが含まれない環状RNAだけの標品ができます。それを用いて逆転写しPCR法でDNAを増やして塩基配列を調べれば、どういうスプライシングが起こっているのかがわかります。

この新開発の技術を用い、がん細胞のTSG101 由来の環状RNAを解析したところ、検出されたのは、再スプライシングで切り出されたエクソンだけの環状RNAであることが塩基配列から正しく同定できました。一方、エクソンとイントロンの混ざった環状RNAはまったく検出できませんでした。こうして、TSG101の異常スプライシング産物は、通常のスプライシングで生じた成熟mRNAに、再びスプライシングが起きてつくられることがうまく証明できたのです。

【TSG101の2つのスプライシング経路と、RNase RによるRNA分解】