研究紹介

がん研究 スポットライト

染色体工学技術を駆使して発がん機構を解明する
候補遺伝子の絞り込みに有効な微小核細胞融合法

PITX1の同定に貢献した染色体工学技術とはどのようなものですか?

「微小核細胞融合法」という、私たちが90年代に開発した染色体導入技術です。微小核細胞(micro cell)とは、紡錘糸形成阻害剤で長時間処理すると、染色体を1本(ないし2本)しかもたない小さな細胞が形成されます。この細胞を微小核細胞と呼びます。この微小核細胞と受容細胞を融合することにより特定染色体の導入が可能になります。ある優性薬剤選択マーカーで標識させたヒトの正常な染色体を1本だけ保持したマウス細胞の単一ヒト染色体ライブラリーを作製しました。このライブラリーは、バックグラウンドがすべてマウスの染色体でヒト染色体はその中に1本しかありませんから、微小核細胞融合法を用いてヒト染色体を任意の受容細胞に導入できます。この方法は、その導入した染色体上に存在している遺伝子の機能をより生理学的近い条件下(1コピーの発現)で機能解析ができるという長所をもっています。
たとえば、ヒト1番染色体をマウスのがん細胞(例えばメラノーマ)に入れた細胞はがん形質が抑制されます。しかし、この細胞を継代培養すると再びがん細胞に戻ります。この細胞では、導入した1番染色体の部分的な消失が認められました。このことから、1番染色体上にがん形質を抑える遺伝子があると想定できます。同様にしてヒト染色体2番、3番…と、すべての染色体を1本ずつ同じがん細胞へ導入します。テロメラーゼを介した細胞老化を誘導する責任遺伝子を見つけるために、各々のヒト染色体1本を保持した染色体導入細胞でテロメラーゼ活性を解析したところ、ヒト5番染色体を導入したときだけ、テロメラーゼが不活性になりました。ということは、5番染色上にテロメラーゼの活性を抑える遺伝子が存在しているはずと考え、まずは5番染色体に絞り込んで責任遺伝子を突きとめることにしたのです。

【染色体工学技術染色体導入】

微小核細胞融合法を用いた単一ヒト染色体ライブラリーの作製


【ヒト正常細胞由来の染色体を一本保持するマウス細胞】

核型解析やFISH解析によりマウス染色体の中にヒト11番染色体が1本あることがわかる


【ヒト5番染色体導入によるテロメラーゼ抑制効果】

ヒト1番から22番までとX染色体を各々単一で微小核細胞融合法を用いてマウスメラノーマ細胞へ導入した細胞クローンでテロメラーゼ活性を見ると、5番染色体を導入したクローンだけが活性が落ちていた。

染色体を絞り込めても、どの遺伝子かを探すのは大変です

長期培養によって形質が親細胞と同じになってしまう細胞を「リバータント細胞」と呼んでいますが、ヒト5番染色体の導入によりテロメラーゼ活性が抑制された細胞と再びテロメラーゼ活性を再獲得したリバータント細胞を用いて発現の違いをマイクロアレイで解析しました。テロメラーゼ活性抑制細胞で発現が上昇し、リバータント細胞および親細胞で発現が低下させる因子が見つかれば、それが候補遺伝子candidate geneといえます。発現解析の結果、候補となる遺伝子が3つありました。うち2つは既にがん抑制遺伝子あるいはテロメラーゼの制御に関わる因子として報告されていたので、まずはこの手法が正しいという自信がもてました。残る一つ、PITX1はまったく報告がなかったので、これに焦点をあてて裏を取る実験を行ないました。もともとあったPITX1の発現をsiRNAでノックダウンする(PITX1の発現を抑えこむ)と、テロメラーゼのコンポーネント(主要構成成分)の一つであるTERT(タート)の発現が見られる、つまりテロメラーゼ活性が上がっていました。また、この遺伝子を直接細胞に導入してもテロメラーゼの抑制効果を示しました。こうした実験を繰り返した結果、PITX1でまちがいないと確信できたのです。

【ヒトの皮膚がん細胞をマウスに移植してがんを発症させ、テロメラーゼの生成を抑える物質を探す】

【マイクロアレイ解析による候補遺伝子の同定】

親細胞と比較して、5番染色体の導入で発現は10倍に上がる


久郷 裕之

注釈
【染色体】
染色体chromosomeは細胞分裂の際に核内に出現する(ヒトの正常細胞では)23対46本(22対と性染色体XY)の構造体で、DNAとそれに結合するタンパク質から成る。1本の染色体につきDNAが1分子あり、DNAのそれぞれに遺伝子が数百から数千ある
【siRNA】
RNAは「リボ核酸」で、siRNAはsmall interfering RNAの略。転写制御にかかわる