研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞の正常化を促す、白血病の新しい治療法を開発する
ヘテロな集団で、インパクトのある成果を

転写因子を介さない分化誘導の経路を証明するデータは出てきているのでしょうか。

転写因子のない状況下でB細胞を分化誘導できれば、私たちの仮説は証明されます。そこで、B細胞の分化誘導に大事な3つの転写因子のうち最も強力なEBF1を欠損させた造血幹細胞にmiR-126を導入して、B細胞への分化が起きるかどうかを検討しました。すると、このEBF1欠損細胞はそのままではまったくB細胞に分化しませんが、miR-126を導入することによって、B細胞関連遺伝子やB細胞マーカーの発現レベルが上がりました。この結果から、miR-126はEBF1の欠損を補ってB細胞への分化を誘導しうることがわかりました。

【転写因子のない状況での分化誘導】

B細胞への分化に必要な転写因子であるEBF1を欠損するマウスから作製された造血前駆細胞にmiR-126を導入し、支持細胞の上で、B細胞分化に重要な細胞外因子(Kitl、Flt3l、Il7)を含む培地で培養すると、B細胞分化に関連する遺伝子の発現レベルが上昇した(赤は遺伝子発現レベルが高く、緑は低い)。この結果からmiR-126は転写因子とは無関係に、造血前駆細胞をB細胞に分化させることがわかった。

さらに最近の研究から、miR-126のほかにも、分化を誘導する小分子RNAがありそうだということがわかってきました。現在、詳しく調べているところです。具体的には、小分子RNAを1000種ぐらい集めたライブラリーをまるごと白血病細胞に与え、B細胞になる細胞を選びだします。基本的に、1つの細胞には1つの小分子RNAしか入らないので、B細胞に分化した細胞を取り出して調べれば、どの小分子RNAが入ったかを知ることができます。実際、有力な小分子RNAが見つかってきています。

また、小分子RNAがどのようなしくみで分化を誘導しているのかも調べています。小分子RNAはRNAからタンパク質への翻訳を抑える働きをしていることがわかっています。遺伝子の発現レベルを上昇させる転写因子とはまったく逆の働きをしていることになります。あるタンパク質の発現を抑えることで、結果的に分化が進むというのは興味深い現象です。

臨床応用にはまだ長い道のりが必要ですが、今回の成果で新たな白血病治療法の可能性を見いだすことができました。今後も、未来の医療に向けて大きなインパクトを残すような研究をしていきたいと思っています。

最後に幸谷研究室が取り組んでいる研究テーマや研究室の特徴を教えて下さい。

私たちの研究室は、2011年1月に立ち上がったばかりで、私を含めても平均年齢は27歳という若い研究室です。構成メンバーの出身は医学、理学、理工、工学と様々で、“ヘテロなバックグラウンド集団”を生かすユニークなプロジェクトを、と心がけています。現在は、造血系悪性疾患の制御に向けて、今回お話しした①小分子RNAの腫瘍生物学のほかに、②がんで異常をきたす細胞運命の制御、③細胞プリンティングを用いたがん微小環境の4次元解析という3つの課題におもに取り組んでいます。伸び盛りの研究室なので、様々なバックグラウンドをもった学生さんに参加していただけたらうれしいです。

【幸谷研究室が取り組んでいる研究の概念図】

幸谷 愛

TEXT:秦 千里 PHOTO:大塚 俊
取材日:2013年11月20日

注釈
【造血幹細胞】
赤血球、白血球など様々な血球細胞に分化する能力をもつ細胞。骨髄でつくられる。
【細胞プリンティング】
改良型インクジェットを用いて細胞を決まった場所にプリントする技術。