研究紹介

がん研究 スポットライト

糖鎖をミミックした合成物を探索し、抗血管新生阻害薬の開発につなげたい
細胞表面をびっしり覆う「糖鎖」には遺伝子やタンパク質に比べて未解明の領域が多いという。その糖鎖を長年にわたり研究してきた北爪研究員は糖鎖の最先端につくシアル酸のなかに血管新生阻害にかかわるものがあることを解明し、糖鎖をミミックした合成物の探索に着手した。はるか先に描くのは新たな抗血管新生阻害薬の誕生だ。
国立研究開発法人理化学研究所 グローバル研究クラスタ 理研‐マックスプランク連携研究センター 疾患糖鎖研究チーム 副チームリーダー 北爪しのぶ
糖鎖もシアル酸も実は意外に身近な存在

「糖鎖」とはどういうものか教えてください。

私が所属する研究チームは、その名のとおり疾患と糖鎖について研究しています。一般にはあまりなじみがないかもしれませんが、「糖鎖」とは“糖の鎖の分子”のことです。下の図は2010年の「理研ニュース」の表紙を飾った、細胞膜を簡略化して描いたものです。糖鎖は、細胞膜につきささっていて、タンパク質や脂質などと結合していて、先端部では糖分子(図では黄色い粒の箇所)が鎖のようにつながりあっています。細胞の表面は、軒並み糖鎖で覆われているのです。

糖鎖の働きは、たとえば細胞と細胞とが相互作用するときの要になったり(細胞間の認識)、タンパク質の機能を補ったり、ウィルスやバクテリアが認識するものであったり、生体防御(免疫の応答)にかかわったりします。血液型も糖鎖の違いでおこるんですよ。それぞれの機能によって糖鎖の形も違ってきます。

理研ニュース2010年より

ではシアル酸は糖鎖のどこにあるのですか?

たとえば血管壁の内側(血管内腔)も、糖鎖でびっしり覆われています。その覆われた構造を「糖衣」(glycocalyx)といい、血管の太さによって糖衣の厚さは0.5〜4.5μmと幅があります。糖衣の機能についてはまだまだ未解明な部分が多いのですが、この糖鎖の最先端につく糖(図では黄色)がシアル酸です。シアル酸は負電荷(マイナスチャージャー)をもっている酸性糖で、糖鎖のなかでもとくに他の分子に認識される要となるものです。
糖鎖には、シアル酸をもつもの、もたないものがありますし、シアル酸自体も糖鎖によって形が異なります。細胞内の小胞体でタンパク質がつくられるわけですが、そのタンパクがゴルジ(体)を通過する際に、シアル酸転移酵素がくっついてできるのがシアル酸なのです。

【血管内腔はシアル酸を持つ糖鎖で覆われている】

一般の方には「シアル酸」という言葉も耳慣れないでしょうね。でも、実はけっこう身近な存在で、冬になると必ず話題になるインフルエンザウイルスにもシアル酸は大いに関係しています。たとえばA型ウィルスのうちのH2N2型や、トリインフルエンザウイルスのH5N1型のように、それぞれの型にあるHは、HA(ヘマグルチニン)のことで「シアル酸結合分子」を意味します。これはウィルスがヒトの細胞にくっつくときに必要なもの。一方のNは、NA(ノイラミニダーゼ)のことで「シアル酸切断酵素」を意味し、細胞内に入り込んだウイルスが細胞外へ出るうえで必要な酵素のことです。抗インフルエンザ薬としてよく知られるタミフル(商品名)は、ノイラミニダーゼ阻害薬です。シアル酸切断酵素の働きを阻害して、ヒトの細胞に接着したインフルエンザウイルスが細胞外へ出て爆発的に増殖しないようヒトの細胞内に閉じ込めてしまうのです。発症から48時間以内に服用するようにというのも、その時間内なら爆発的な増殖を抑えて重症化を免れるからです。

プロフィール

北爪しのぶ(きたづめ しのぶ)
理化学研究所 グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター 疾患糖鎖研究チーム 副チームリーダー

1990年 東京大学理学部生物化学科卒業
1995年 東京大学理学系研究科・博士課程終了(理学博士)
1995年 ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校 研究員
1996年 イリノイ大学シカゴ校 研究員
1997年 理化学研究所・研究員
2007年〜 理化学研究所・基幹研究所・疾患糖鎖研究チーム・副チームリーダー