研究紹介

がん研究 スポットライト

糖鎖をミミックした合成物を探索し、抗血管新生阻害薬の開発につなげたい
PECAMを標的とする抗血管新生阻害剤を目指す

シアル酸による新たな抗血管新生阻害剤を目指すのですね?

癌細胞が体内で増殖するためには大量の栄養を必要とするため、血管新生が活発に行われます。そこで血管新生阻害薬が誕生したわけですが、いま臨床の現場で用いられている抗血管新生阻害薬は、VEGF標的薬とよばれるものです。これはグリオブラストーマ(GBM:膠芽腫)という脳腫瘍のなかでも悪性度の高いがんに対しては単独投与が有効とされ、また転移性の非小細胞肺がん、乳がん、大腸がんなどには、抗がん剤との併用で有効とされています。
ところがVEGF標的薬を投与した患者を経過観察したところ、原発癌にはきくものの癌の転移を増加させてしまうという報告が最近になって増えてきています。そんな背景から、VEGF経路に依存しない抗血管新生阻害薬を開発すべきという意見があるのです。

糖鎖をミミックした化合物を探す理由はなんですか?

創薬開発のための糖鎖の合成には、じつは膨大な時間と労力がかかります。1年以上かけてもmgオーダーがやっとでしょう。これでは、実際に動物実験のために使おうとしても、1匹に必要な糖鎖リガンドを打ち込むのは不可能に近く、まったく現実離れした話になってしまいます。そうであるのなら、低分子でしかも簡単に合成できて、かつ安定したものがあればいいのではないかと発想をかえて、PECAMの認識するような糖鎖をミミック(mimic)して活性する化合物があれば、血管内皮細胞の生存シグナルを遮断して、抗血管阻害の役割を果たすものが見つかるのではないかと考えたのです。
というわけで現在は、理化学研究所が保有する化合物ライブラリー(NP-DEPO)からのスクリーニングを行っています。そのなかに条件に適う化合物が見つかり、やがて生体内での実験につながればいいなあと思いながら研究を続けているところです。

自分たちの考えがまちがってないなと確信できたのは、アメリカのGlycoMimetics(グライコミメティクス)社が開発したGMI-1271(GMI-1070)の存在です。急性骨髄性白血病(AML)や鎌形赤血球症に伴う血管閉塞性発作の治療薬候補として、今年中にはファイザー社が臨床試験の第3フェーズ(相)を始めるというニュースが届いています。GMI-1271はE-セレクチンアンタゴニスト(E-selectin Antagonist)で、この候補薬は当初、急性骨髄性白血病治療薬として臨床前の段階で挫折しかけたものの、その後、鎌状赤血球症に奏効することがわかって再び脚光をあび、現在はGMI-1070(Pan-selectin Antagonist)として創薬への期待がかかっています。
このE-セレクチンという血管内皮細胞に発現するレクチン分子を認識する糖鎖リガンドをミミックした化合物です。リガンドはシアリルLeX抗原と呼ばれる糖鎖で、シアリルLeXを多く発現する癌細胞が、活性化した血管内皮細胞に接着して血管外へ浸潤する転移のステップをE-セレクチンアンタゴニストが拮抗阻害する、というのがこの薬のメカニズムです。

創薬につながるまでの道のりはかなり長いですね。

いまご紹介したGMI-1271でさえ、開発からすでに30年近くかかっているはずですから、私たちの研究もまだまだ先が長いです。化合物の探索も山登りでいえばほんの一合目というところでしょう。基礎研究の段階で見つかったとしても、それが実際に薬へとつながるかは臨床ではない私たちにはわからないことも多く出てきます。でも諦めずに続けていきたいですね。いろいろトライを重ねることで、いつか日の目を見ることがあるのではないか、と期待したいです。

理研は女性研究者にとって、というよりも男女を問わず、自分がやりたい研究を続けられる環境としてはとてもすばらしいと思っています。もちろん、この組織の位置づけ上、税金を使っているという意識をもっていますし、時限プロジェクトであるがゆえの、なんらかの結果を出さなければいけないというプレッシャーは常にありますね。でも、理研にいる最大の長所は、テクニカルスタッフの方たちのサポートに恵まれているということですから、だからこそ今日まで子育てをしながらも研究が続けてこられたのです。この環境のよさを十分にいかしながら、今後もなんらかのかたちで社会に貢献していけたらと思っています。


TEXT:冨田ひろみ PHOTO:岩上 紗亜耶
取材日:2015年9月11日

注釈
【VEGF標的薬】
血管内皮細胞増殖因子=vascular endothelial growth factorの略、血管新生に関与する糖タンパク

分子標的薬ベバシズマブbevacizumab、商品名アバスチン
【鎌形赤血球症】
鎌状細胞貧血ともいう。遺伝的な赤血球の形態異常がまねく貧血症。アフリカや南トルコ、インドなどに多い}
【E-セレクチン】
セレクチンは数種類に分類できるレクチンファミリーのうち、シアル酸を特異的に認識するレクチンのこと