研究紹介

がん研究 スポットライト

糖鎖をミミックした合成物を探索し、抗血管新生阻害薬の開発につなげたい
血管新生を阻害するシアル酸と接着分子の関係に注目

意外に身近なシアル酸のどんな働きに注目されているのですか?

シアル酸にはいくつか種類があるのですが、私たちが注目しているのは、α2,6-という種類のシアル酸です。私たちは、PECAMがα2,6-シアル酸を認識するレクチンではないか、という仮説をもとにさまざまな実験を重ねました。そして、α2,6-シアル酸には接着分子PECAM(CD31)が特異的に結合する活性をもつことを明らかにしていったのです。

ここで、細胞表面にあるPECAMについて解説しておきましょう。PECAMとはPlatelet endothelial cell adhesion molecule)の略で、血管内皮細胞にメインに存在する接着分子のことです。血小板や血管内皮細胞に特異的に発現するので、マーカー的に使われたりしますが、細胞質領域に免疫受容体チロシン抑制シグナルであるITIMを介した抑制シグナルが伝達されていて、そのシグナルとは細胞のアポトーシスの抑制(細胞が死なないようにするシグナル)や、メカノセンサーとしての役割などをもっています。PECAMには、細胞死を抑制する働きがあるのです。

【α2,6-シアル酸が欠損しても 細胞表面のPECAMは減少する】

Kitazume et al. J Biol Chem. (2010) 285, 6515-6521

α2,6-シアル酸が欠損したマウス(KO)は、血管内径細胞に豊富に存在するPECAMの位置関係に異常がみられ、細胞の接着がうまくいかないことを示唆する(緑色に発光しているのがPECAM)

実験により、シアル酸が欠如すると細胞表面にあるPECAM同士は相互作用できなくなるために細胞表面に留まれず、その結果としてPECAMがもつ細胞生存シグナルが伝わらなくなることがわかりました。では、逆の場合はどうかをみたところ、リガンド糖鎖であるα2,6-シアル酸を添加すると、PECAMがエンドサイトーシスされて、アポトーシス刺激に脆弱になることがわかりました。

【シアル酸を酵素的に除去すると血管内細胞はお互いに接着できなくなる】

(赤色に発光しているのがシアル酸)

【α2,6-シアリル化糖鎖の添加によりPECAMはエンドサイトーシスされアポトーシス刺激に脆弱になる】

S. Kitazume J. Biol. Chem. (2014) 289, 27606-27613

また、これは岐阜大学応用生物学との共同研究ですが、PECAM同士の相互作用は、シリアル化オリゴ糖を加えることによって抑制されることが明らかになりました。さらに理研・生体機能合成化学研究室との共同研究により、PECAMがα2,6-シアリル化クラスター糖鎖に結合することがわかりました。

こうしたさまざまな実験を重ねていって、PECAMがα2,6-シアル酸を認識するレクチンであることを私たちは証明したわけですが、実は、こうした結果を最初から求めてこのシアル酸を研究してきたわけではないのです。もともとPECAMは血管内皮マーカーとして使われています。それで染色したところ、偶然にもノックアウトマウスではぜんぜん見えないことを発見しまして、どうしてそうなるのかの疑問を突きつめていったところ、こうした研究につながったというわけです。

【α2,6-シアル酸依存的にPECAMが細胞表面に停留する分子メカニズムは?】
【PECAM同士の相互作用はシアリル化オリゴ糖で抑制された】

岐阜大学・応用生物学部との研究

【PECAMはα2,6-シアリル化クラスター糖鎖に結合する〜PECAMはレクチンである〜】

Kitazume et al. J Biol Chem. (2010) 285, 6515-6521

α2,6-シアル酸の機能解明はがん治療にどうつながるのですか?

積み重ねた実験データから、PECAMがシアル酸にかなり依存的であること、とりわけα2,6-シアル酸と特異的に結合することをつきとめたわけですが、では、このことが生体内でどんな意味をもつのだろうかと考えたときに、どうやら血管(をつくる細胞)は糖鎖がなければ死にやすくなっていて、その血管の死にやすさを左右するのは、糖鎖のなかでもα2,6-シアル酸ではないかという仮説がうまれたのです。

さらに、これは論文発表前のためデータを明らかにはできないのですが、α2,6-シアル酸を欠損したマウスでは、生理的な血管新生は問題なく起こるものの、欠損マウスの皮下にルイス肺癌細胞を接種したところ、腫瘍内の血管新生が非常にできにくくなっているうえに、腫瘍の拡大も抑制されていることがわかりました。
つまりα2,6-シアル酸を抑えれば、癌細胞内の血管も死にやすくなるのではないか、という発想につながっていくのです。

【糖鎖リガンドが存在するとPECAMが細胞表面に停留できなくなり、生存シグナルが弱くなる】

注釈
【レクチン】
lectin、糖鎖を特異的に認識し結合するタンパク質のうち抗体や酵素とは異なるものの総称
【メカノセンサー】
メカニカルストレス(機械的刺激)を知覚する分子のこと。生体が恒常性を維持するうえで、メカニカルストレスは重要な情報伝達のひとつとされる。
【エンドサイトーシス】
endocytosis、細胞が外界から物質をとりこむ作用のこと