研究紹介

がん研究 スポットライト

RASによるがん悪性化に、p53を介したアクチン細胞骨格の変化がブレーキをかける道筋を解明!
がんの悪性度の基準のひとつに「原発巣から他組織へ浸潤する力(浸潤能)」がある。浸潤能が細胞内のアクチン骨格の状態変化と関与することは広く知られるが、川内博士はここにp53によるミトコンドリアの制御が深く関わることを世界ではじめて明らかにした。
甲南大学 フロンティアサイエンス学部 講師 川内 敬子
p53の有無でがん細胞の形が変わる

細胞の形や動きとがんの悪性化について検討されていますか?

はい、これまでのいくつかの主要な研究が結びついて現在に至ることになりました。まず、2000年頃から、「NF-κBの阻害と抗がん作用」について検討していました。その後2009年より、シンガポール国立大学で2つの研究を進めました。一つは、「アクチン細胞骨格と筋分化との関係についての検討」で、アクチン分子が細胞の形や運動の機能としてだけでなくシグナルとしても機能し、分化に寄与することを見出しました。もう一つは、「がん抑制遺伝子p53の機能の欠損が、がんの悪性化にどのように関与しているか」についての検討です。p53ががん化を抑制していることはすでに認識されていますが、悪性化との関連については不明な点が多く残されていました。私たちは、p53が欠損するとNF-κBの活性が上ってがん化を促進することを突き止めていたのですが、その過程で、p53の発現の有無によって細胞の形が変わることに気づきました。

細胞ががん化するとアクチン骨格が変化することは広く知られており、とくにがん遺伝子RASの機能亢進との関連が示唆されています。そこで私は、RAS、p53、アクチン細胞骨格、がん悪性化が、どのように結びついているのかを調べようと考え、今回の研究を始めることにしました。

【FアクチンとGアクチンを異なる色で染めわけた画像】

JCB 2014 Yamauchi S

がん細胞ではアクチン骨格がどのように変化しているのでしょうか?

細胞内では、アクチン骨格中の分子が重合と脱重合を繰り返すことでダイナミックに変化しており、細胞の形の保持や運動に寄与しています。重合したアクチンは、さまざまな構造をとりますが、それぞれに機能が違います。たとえば、線維芽細胞や筋芽細胞などの正常細胞内にできる「太く強固なストレスファイバー」は、細胞の形を保持し、大きな力を発生します。

これに対し、がん細胞では、太いストレスファイバーは消失しています。浸潤や転移して生息する場所を変えるために獲得した「がん細胞に特異的な性質」といえます。というのは、がん細胞は浸潤するときに周囲を取り囲む網目上の構造体(細胞外マトリックス)をくぐり抜ける必要があり、そのためにはフラフラと動ける状態になっていなければならないからです。加えて、くぐり抜けるための力も必要で、そのためには別の構造のアクチン細胞骨格が働いています。たとえば、細胞の辺縁部から髭のように伸びるフィロポディアや扇状のラメリポディアなどのアクチン細胞骨格です。ラメリポディアはフィロポディアより大きな力を作り出し、この構造をもつがん細胞では、浸潤能がより高まっています。つまり、アクチン細胞骨格を調べることは、がん細胞の浸潤能を知るために重要となるわけです。

【さまざまなアクチン骨格】

アクチン細胞骨格は、細胞内シグナルによってコントロールされている。

JCP 2014 Guo K A

P53の発現を下げた乳がん細胞の無処理(左)RacI阻害剤(中央)、Arp2/3阻害剤(右)処理時のアクチン細胞骨格構造の変化

【がん化した細胞の仮足に見られるラメリポディアとフィロポディアの画像】

JCB 2014 Yamauchi S

RASでがん化した細胞においてp53を不活性化させたもの(左)
さらにp130Casの発現を下げたもの(右)

出典

JCB 2014 Yamauchi S
Jp53-mediated activation of the mitochondrial protease HtrA2/Omi prevents
cell invasion
Yamauchi S, Hou YY, Guo K A, Hirata H, Nakajima W, Yap AK., Yu CH, Harada
I, Chaim KW, Sawada Y, Kawauchi K.
J. Cell Biology 204 pp1191-1207 (2014)

JCP 2014 Guo K A
Loss of p53 enhances NF-κB-dependent lamellipodia formation
Guo K A, Hou YY, Hirata H, Yamauchi S, Yap AK, Chaim KW, Sawada Y,
Kawauchi K.
J. Cell Physiology 229 pp696-704 (2014)

プロフィール

川内 敬子(かわうち けいこ)
甲南大学 フロンティアサイエンス学部 講師

平成7年3月〜10年5月 赤穂化成株式会社 技術開発部 研究員 平田肇教授と「有用海洋微生物の探索および産生物質の機能解析」について共同研究
平成14年4月〜14年10月 姫路工業大学大学院理学研究科 客員研究員 平田肇教授研究室で「転写因子NF-κB阻害剤によるがん抑制機構の解明」について研究
平成14年11月〜15年3月 神戸大学大学院医学研究科 COE研究員 山村博平教授研究室で定清直講師のもと「T細胞におけるアダプター分子3BP2によるNF-κBの活性制御機構の解明」について研究
平成15年3月〜23年12月 日本医科大学老人病研究所(ポストドクター、助教を経て講師)
田中信之教授研究室で「p53によるNF-κB活性化抑制機構およびその生物学的意義の解明」について研究
平成21年1月〜22年4月 国立シンガポール大学理学部 研究員 澤田 泰宏 准教授研究室にて「p130Casによるアクチン重合を介した筋分化誘導機構の解明」
平成22年5月〜25年3月 国立シンガポール大学メカノバイオロジー研究所 主任研究員 Michael Sheetz研究所長のもと研究責任者として「がん悪性化に伴うアクチン細胞骨格の制御分子機構」について研究
平成25年4月〜現在 甲南大学フロンティアサイエンス学部 講師
研究責任者として「がん細胞の形質におけるメカニカルシグナルの重要性」について研究

注釈
【アクチンの重合と脱重合】
アクチンは単量体が重合して線維(フィラメント)を構成する。組み上がったアクチンフィラメントは、細胞が形を保ったり、運動したりする力の元となる。