研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞と免疫細胞の相互作用を徹底的に解明し新規治療の開発につなげる @がん幹細胞によるミエロイド細胞活性を介した発がん促進機構の解明 A抗がん剤による抗腫瘍免疫応答活性に関わる分子機構の解明
在米中にがん免疫研究での新たな視点に衝撃を受け
がん細胞と免疫細胞のコミュニケーションを自らも追求しつづけてきた。発がん促進マクロファージに悪性転換する機構や抗がん剤耐性を誘導する免疫細胞由来の分子同定など、免疫細胞とがん細胞のクロストークの解明はまだまだ続く。
北海道大学遺伝子病制御研究所 感染癌研究センター 准教授
 地主 将久
がん幹細胞がマクロファージをがんの抑制から促進に悪性転化

先生は2つの研究テーマを掲げられていますね

2つのテーマは一見すると無関係に思えるかもしれませんが、私の中ではつながっています。まず1つ目のテーマに掲げたミエロイド細胞ですが、これは骨髄で産生される数種類の前駆細胞から分化誘導されて、最終的にはマクロファージや単球、樹状細胞などに分化します。細菌やウィルスを取り込み、分解を促進し、分解された一部のアミノ酸をリンパ球に提示することで、特異的な免疫応答を誘導して免疫を活性化するのですが、その一方で、マクロファージや樹状細胞には「プログラム細胞死」に陥った死細胞を取り込み消化・分解することで免疫を抑制したり、死細胞の断片をリンパ球に提示することで抑制性リンパ球を誘導するというように、免疫寛容を促進させる機能もあることがわかっています。ミエロイド細胞は、感染や炎症などの病的な状態では免疫を活性化させるし、正常な状態での細胞死であれば免疫を寛容するというように、免疫細胞の中でも「司令塔」の役割を果たしていると考えられているのです。

とりわけミエロイド細胞のなかでも最大で数も多いマクロファージは、細菌やウィルスを貪食(どんしょく)・分解して免疫を活性させるので、(ヒトにとって)非常にポジティブな存在です。こうした免疫細胞はがんに対しても同じ働きをするだろうかという発想のもと、1980年代からがん免疫の研究が始まりました。その中心となったのがアメリカがんセンターに相当するNCIのローゼンバーグ(S.A.Rosenberg)博士です。一方で、マクロファージががんの増殖を助ける中心的役割も果たしていることをアルバート・アインシュタイン医科大学のポラード(J.W.Pollard)博士が2006年に提唱したのです。
ポラード博士の提唱は、がんの免疫を研究してきた自分にとって新鮮でした。ちょうどハーバード大学に留学中で、がん細胞と免疫細胞のコミュニケーション(相互作用)について、とくにマクロファージががん細胞のサポーターに転換してしまうメカニズムについて、自分でも追求したいと思ったのです。

がん組織の中にある免疫細胞はがんを攻撃してくれないのですか?

ポラード博士の実験によれば、マクロファージが欠損したマウスに乳がん細胞を植えるか、自然に変異をおこして乳がんを発症させたマウスとでは、がんの発症での違いはみられないものの、がんが悪性化する速さ(がん細胞の分裂速度)を比べると、マクロファージが欠損したマウスのほうが明らかに転移しにくいというのです。つまりマクロファージは、がんの初期段階ではなく、浸潤して転移をまねいたり、治療がきかなくなる段階になると重要な働きをすることが考えられます。

帰国後に私もこの研究に本格的に取り組みはじめ、最初のうちはかなり苦戦しましたが、がんを抑制する役割をもつはずのマクロファージを腫瘍活性(がんの悪性化を進めるはたらき)に転換するのががん幹細胞であることを明らかにしました(2011年発表)。

具体的にはどういうメカニズムなのですか?

この研究は大腸がんや肺がんといった固形がんが対象です。ミエロイド細胞が「異物」であるがん細胞を取り込めば、分解してしまうか、分解した一部をペプチドというアミノ酸の断片に分解します。分解されたものはMHCという組織腫瘍抗原に提示され、提示された情報からリンパ球は、分解されたのが自分の細胞と認識すればリンパ球の活性化は起こさず、炎症や免疫反応を抑制する細胞を誘導します(免疫寛容)。他者の細胞(バクテリアの細胞とかウィルス、がん細胞など)と識別するとリンパ球は活性し、情報をもつ対象のところまでいってそれを殺すのです。

ところで、がん細胞のうちで1%足らずしか存在しないというがん幹細胞は、発がんの成因とされていますが、ほかの細胞や組織などの支持がないと生きていけません。骨髄にある正常な造血幹細胞が骨芽細胞やマトリックスとよばれる組織等の支持がないと生きていけないのと同様です。このがん幹細胞だけを取り出してマクロファージと一緒に培養すると、マクロファージは IL-6MやMFG-E8というサイトカインを産生します。これががん幹細胞の活性を起こすのです。一方、がん幹細胞以外のがん細胞をマクロファージと培養してもマクロファージはがん細胞を食べてしまい、決してがん促進マクロファージにはなりません。

興味ぶかいことに、IL-6やMFG-E8は正常な状態ではがん遺伝子ではないのに、がん幹細胞に対してはがん幹細胞の生存や増殖を促進したり、抗がん剤を効かなくする働きをもつ遺伝子を活性化していると考えられています。


【腫瘍内マクロファージとがん幹細胞のクロストークによる
発癌促進メカニズム】

マクロファージの悪性転換機構が解明されると
どんな創薬につながりますか?

現段階でがん幹細胞に特異的に働く薬がない以上、がん幹細胞自体を殺す薬の開発は創薬研究の主流にあると思います。
もう一つ、がん微小環境から出される物質や、血管内皮細胞などの細胞自体を標的とする治療法の開発も注目されています。たとえばIL-6やMFG-E8を標的とする創薬などが想定できますが、IL-6は生理活性物質でもあるため副作用の心配があります。また、MFG-E8は正常では、乳腺発達に重要な因子として働いているため、これを標的にすれば乳腺の発達を阻害するおそれがあり、閉経前の若い女性に使うのは難しい。がん幹細胞に特異的で、マクロファージを悪性に転換してしまう因子を見つけることが、新しくかつ有効ながん治療や創薬につながると私は考えています。

プロフィール
地主将久

地主 将久(じぬし・まさひさ)
北海道大学遺伝子病制御研究所 附属感染癌研究センター 准教授

1970年、北海道生まれ。
消化器内科、腫瘍内科医としての研鑽を経て2004年大阪大学大学院医学研究科にて学位取得。
同年ハーバード大学ダナ・ファーバー癌研究所にて腫瘍免疫の研究を開始。
その後2007年東京大学医科学研究所助教を経て、2009年より現職。
腫瘍免疫学を分子生物学、遺伝学、代謝学などを基盤とした「がん細胞・免疫細胞コニュ二ケーションの分子動態学」として捉え直すことで、新たな分子標的剤や分子マーカーの開発に繋がるような発見を目指し、研究を推進している。

注釈
【プログラム細胞死】
皮膚の新陳代謝や腸管など、正常に起こる予定された細胞死(アポトーシス)のこと
【マウスの実験結果】
ポラード博士のグループが最初に2001年発表。マクロファージによる発癌促進機能という概念はCELL誌に2006年公表。
【免疫細胞】
白血球に属するすべての細胞のことで、マクロファージ(macrophage)もその一つ
【がん組織】
がん幹細胞を含むがん細胞のほかに、免疫細胞や繊維芽細胞、血管内皮細胞、あるいはマトリックスなど「がんの微小環境」によってひとつのかたまりをつくっている。
【がん幹細胞】
cancer stem cell
がん細胞中での数は非常に少なく、分裂はゆっくりでふだんはおとなしいが、ひとたび分裂を始めると悪性度がいっきに進む。再発や転移の鍵を握るのがこのがん幹細胞だとされている
【マトリックス】
細胞と細胞のあいだにあり、細胞を結びつける、いわば接着剤のような役割をもつ支持組織で、血管外マトリックスともよぶ
【IL-6】
免疫細胞間のコミュニケーションに関与するタンパク質の一つ。
ILはインターロインキン(interleukin)の略
【MFG-E8】
MFGはmilk fat globulinの略。
正常ならば乳腺を発達させるのに重要な上皮性増殖因子だが、腫瘍マクロファージで高産生されたものは腫瘍促進因子である