研究紹介

がん研究 スポットライト

がん細胞と免疫細胞の相互作用を徹底的に解明し新規治療の開発につなげる
これからも新治療に結びつく研究をめざして

免疫細胞由来のTIM3が抗がん剤耐性を誘導することを2012年夏に発表されました

ミエロイド細胞とがん細胞との相互作用で自然免疫が活性化されると、がんの縮退が進むはずが、がん細胞にそのメカニズムを抑制する機構があるらしいとして研究を進めてきたところ、TIM3という免疫に関わるタンパク質が、がん組織にある樹状細胞では非常に高く発現することを明らかにしました。しかもこのTIM3は、正常な組織にあるマクロファージや樹状細胞では発現がみられないうえ、がんの周囲にあるリンパ節などがん組織に非常に近いところでも発現していないのです。がん(組織)と直接出あわない限り産生されないTIM3が先にHMGB1と結合してしまい、死細胞から出てきたDNAを取り込めなくなるために自然免疫が抑制されてしまうというわけです。

【樹状細胞に発現するTIM-3は核酸を介した自然免疫応答機構を抑制する】

がん細胞由来の樹状細胞から出たTIM3がHMGB1とDNAとの結合を阻害することで抗がん剤耐性を誘導する。

【担がんマウスにおける樹状細胞TIM-3発現の分布】

TIM3はがん組織内の樹状細胞で高発現するが、がんの周囲にあるリンパ節などではほとんど発現しない。

 

がんにある樹状細胞で特異的に発現するTIM3を標的とした創薬が実現すれば、副作用が軽減された治療法が期待できると考えます。まだマウスによる実験段階ですが、TIM3を阻害する抗体を順天堂大や九州大、国内製薬企業と共同開発中で、これを投与すると抗がん剤だけを投与するよりも、腫瘍の大きさは半分以下になったのです。

【TIM-3 阻害剤による大腸がんに対する抗がん剤(シスプラチン)治療効果
の改善】

TIM3の発現はがん治療の選択肢に影響を与えそうです

TIM3はがんのまわりにある免疫細胞以外では出ていないのですから、TIM3の阻害薬ができれば、免疫の効果自体を落とすことなく、より副作用の少ない治療薬も可能になると思います。たとえば抗がん剤と併用することでより強い効果が出るでしょうし、抗がん剤自体の量を減らせるので副作用の軽減が期待できます。あるいは、抗がん剤の感受性を鋭敏に測定する腫瘍マーカーとして使えるかもしれません。あらかじめTIM3を測定することで、抗がん剤をやるべき人とそうではない人とを選別できます。そうした意味からも、TIM3は将来のがん治療を追求するうえで非常に有望な分子だと思っています。

先生ががん免疫の研究を始められたきっかけは何ですか?

もともとは消化器内科医でしたので、消化器系のがんの患者さんに出会うことも多く、治療法の限界を痛感していました。どうして再発や転移をおこしたり、抗がん剤が効かなくなっていくのかという疑問が自分を基礎研究に向かわせた原動力になっています。大学院では、肝炎ウィルスや消化器がんの免疫制御メカニズムの研究に従事していました。当時のがん免疫の概念といえば、免疫応答はがんを抑制するものだが、それがうまく働かないのはがん組織の中で免疫機能が制御されているせいだと考えられていました。ところが最初にお話ししたように、留学中に免疫細胞の機能転換、とくにマクロファージが発がんの促進に非常に重要であるという報告が出されたことに衝撃を受けて、自分も固形がんにおける転移や治療抵抗性のメカニズムを解明しようと思ったのです。

今後の研究の方向性についてお聞かせください

冒頭で2つのテーマは自分の中では同じものとして考えているとお話ししました。共通の基盤になっているのは、がん細胞などで構成される「がん微小環境」がミエロイド細胞をはじめとする免疫担当細胞になんらかの修飾を行なうことで、がん細胞の活性や治療応答性の変化に影響を与えている、という大きなテーマを検証することなのです。今後は、発がん活性や治療の抵抗性を誘導するミエロイド細胞由来の因子をさらに同定すること、またミエロイド細胞以外のリンパ球など、他の免疫細胞の影響を解析することを中心に研究を展開してきたいと考えています。抗腫瘍免疫応答を阻害するのがTIM3であると同定したとはいえ、それは、がん細胞の中にあるいろいろな免疫抑制物質が発現を誘導したのであって、がんに特異的とはいえないのです。がんにしかないものを見つけるには、やはり網羅的な遺伝子解析などの手助けが必要になってくるでしょう。

とはいえ、TIM3を同定できた段階でも創薬は可能と考えています。やはり、実際の医療に還元できるような創薬なりマーカーなりの開発につながらない研究では意味がないと思うのです。私は祖父も父も兄も医者で、そういう環境にどっぷりつかっていましたから、基礎研究に従事していても発想はやはり臨床医なんです。ただ、治療に結びつく研究にはやはり論理的で体系的なバイオロジーを究める必要がありますから、遠回りに思えてもメカニズムを一つひとつ解明していくことが新しい薬や治療法につながると信じて、研究を進めていきたいですね。


TEXT:冨田ひろみ PHOTO:荒井邦夫
取材日:2012年9月13日