研究紹介

がん研究 スポットライト

臨床現場で使える生体蛍光分子イメージング法を開発 治療が難しい悪性脳腫瘍の外科的手術法をサポートして、患者さんのQOLをさらに改善したい
生体内にある多剤耐性トランスポーターを長年にわたり追究しつづけて、治療が最も難しい癌の1つである悪性脳腫瘍の外科的切除に光学的手法を応用しようと試みている。医師にとって如何に手術を行いやすくできるか、そして、患者にとって如何に術後のQOLを良くしてあげられるか。ヒト生命の尊厳にこだわり、さらなる基礎研究と臨床応用にエネルギーを注ぐ。
理化学研究所 オミックス基盤研究領域 上級研究員 石川智久(いしかわ・としひさ)
生体蛍光分子であるポルフィリンを脳腫瘍の外科的手術に生かすために

先生がこの研究を始められた「きっかけ」を教えてください。

私は北海道大学の大学院時代(1977-1982)、応用電気研究所(現在、電子科学研究所)の生体物理部門でヘム蛋白質の研究をしていました。ヘムは、酸素運搬体や電子伝達系の中心的役割を担う生体に必要不可欠な分子で、血液や筋肉の赤い色はヘムの色です。ヘムの中心には鉄イオンがあり、その中心鉄に酸素がくっつくと真っ赤な動脈血の色になり、酸素が離れると静脈血の黒っぽい色になる。血液中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンはヘム蛋白質です。スーパーなどの店頭で売られている牛肉の色が赤いのは、空気中の酸素をヘムの中心鉄に結合したミオグロビンがあるからです。一方、酸素が外れるとミオグロビンは紫っぽい色になります。私が大学院生だったとき、ミオグロビンの酸素化と脱酸素化における色彩の違いを指標として、ラット灌流心臓の細胞内濃度を自作の生体分光器で光学測定して、心臓の拍動機能との関係を調べました。

ヘム自体は赤い色を持ちますが、蛍光を発しません。ところが中心鉄をヘムから取り除いて、青紫色の光を照射すると、鮮やかな赤色の蛍光を発するようになります。ヘムから中心鉄をヘムから取り除いた物質は、ポルフィリンと呼ばれます。このポルフィリンが今回のテーマです。

先生は、特に蛍光分子に関心があったのですね?

もともと私は子供の頃から画家になりたかったという願望もあって、光と影のコントラストや、色彩には非常に興味がありました。大学院博士課程の時には、ラットの脳を凍結してミクロトームで切片を作り、NADHという青白く光る蛍光物質の局所的濃度を、蛍光写真撮影して、解析する研究もしました。脳が正常の呼吸状態から虚血で酸素が足りなくなってくると蛍光強度が上昇する状態を経時的に写真撮影して、ネガフィルムの黒化度を画像処理してコンピュータで脳の三次元マップを作成しました。三次元マップを作るコンピュータ・プログラムも大学院生の時に自作しました。

ちょうどその頃、癌細胞には正常細胞に比べてポルフィリンが蓄積しやすく、光を照射するとポルフィリンが一重項酸素を生成して、癌細胞を死滅させることができるという論文が発表されて、「何故だろう?」と思ったのです。それ以来、「なぜポルフィリンが腫瘍細胞に蓄積しやすいのか?」という疑問を、自分の頭のなかで約35年間持ち続けてきました。しかしながら、博士課程を修了して以来、私はドイツやアメリカの癌研究センターで、癌の多剤耐性に関与する薬物排出型トランスポーターの研究を約30年行った一方、ポルフィリン研究からは遠ざかっていました。しかし不思議な事に、つい数年前、ヒト薬物排出型トランスポーターの中の1つがポルフィリンを輸送する事を実験的に証明したのです。まさにポルフィリンとの「運命的な再会」でした。そして大阪医科大学・脳神経外科の黒岩敏彦教授と彼の研究室メンバーとの共同研究が始まったのです。黒岩教授たちは、脳の悪性腫瘍(癌)の外科的切除の際、ポルフィリンの蛍光を用いて、正常細胞と癌細胞との区別をしながら緻密な外科手術ができるように臨床応用を進めていたところでした。

悪性脳腫瘍の治療における問題点は、何ですか?

脳腫瘍は、癌治療の中で最も難しいものの1つです。放射線治療や、抗癌剤による治療もありますが、脳腫瘍に効く抗癌剤がなかなか見つかりません。その理由は、脳の血管には血液脳関門という関門があって、抗癌剤が脳の中に入って行くのを拒絶するのです。最近になって、その分子メカニズムが解明されました。血液脳関門に発現しているトランスポーターが抗癌剤を脳から血管側へ能動的に排出していることが判かったのです。そのため、抗癌剤が脳内に到達しないのです。これでは抗癌剤が脳腫瘍に効きません。

胃癌の外科的手術では全摘という処置もありますが、脳腫瘍の治療においてはありえません。脳を全て取り除いてしまったら、患者さんは人間としての尊厳を失うばかりか、生命維持もできなくなります。

脳腫瘍の場合は特に、脳内の正常細胞と癌細胞を慎重に区別して、正常細胞を傷つけずに癌組織だけを切除することが非常に重要です。癌病巣部の周囲にある正常細胞を余分に切除することはできません。術後の患者さんのQOL(生活の質)にかかわる大きな問題です。ですから、如何に癌組織のみを切除できるか、その診断法が極めて重要になります。

プロフィール
プロフィール

石川 智久(いしかわ・としひさ)
理化学研究所 オミックス基盤研究領域 上級研究員

1982年、北海道大学 大学院理学研究科(応用電気研究所)博士課程修了、理学博士取得。同年、ドイツDüsseldorf大学医学部生理化学研究所 (Helmut Sies 教授)にて博士研究員。
87年、大阪大学医学部生化学教室(谷口直之教授)の助手。
89年、ドイツ癌研究所腫瘍生化学部門の研究員、重点領域研究 (SFB) プロジェクトリーダー。
91年、米国テキサス大学 M.D.アンダーソン癌センター小児癌研究部門助教授。テキサス大学医科学研究センター大学院助教授を兼任。
95年帰国し、ファイザー製薬中央研究所に入所、99年東京本社PHA研究技術開発担当部長。
2000年、東京工業大学大学院生命理工学研究科教授。
09年5月より理化学研究所に入所。現在、横浜研究所・オミックス基盤研究領域・上級研究員。
2002年4月大学発バイオベンチャー 株式会社メディシナル・ゲノミクスを創立。

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