研究紹介

がん研究 スポットライト

三次元細胞培養による大腸がん発がんモデルの開発
ある遺伝子が発がんに関与していることを証明するために、マウスの遺伝子改変モデルがよく用いられる。しかし、これは大変手間のかかる技術である。もっと簡便でしかも応用範囲の広い技術を求め、筆宝部長は5年前に三次元細胞培養を利用した新しいモデルの開発に着手した。完成した発がんモデルは、がんの分子機構の解明に役立つだけでなく、創薬における治療評価系への応用なども可能で、大きな期待が寄せられている。
千葉県がんセンター研究所 発がん制御研究部 部長 筆宝 義隆
遺伝子の働きを検証するには発がんモデルが必要

発がんモデルの開発に着手されたのはなぜですか?

近年、がんゲノムの解析が飛躍的に進み、がんに関連する遺伝子の異常が、次々と報告されています。これらの研究で、遺伝子が発がんに関与していることを証明するには、病気のモデルを用いて実験を行うことが必須となっています。

病気のモデルとは、病気の状態を再現させた動物や細胞などのことで、現在、最もよく用いられている発がんモデルは、遺伝子改変マウスです。これは、ノックアウトと呼ばれる方法などで作り出されるもので、優れたモデルではありますが、短所がないわけではありません。まず、作製にたいへん手間がかかります。また、実験時に肥満やストレスをはじめとする環境要因を排除するのが難しいですし、複数因子の作用を調べることも容易ではありません。しかも、マウスが生まれてこなかったり、別の病気で早く死んでしまったりして、がん化を観察できないこともあります。

ですから、発がんを検証するための新しいモデルを開発する必要があると考えました。それはチャレンジングなテーマですが、がんの機構を研究するうえで重要だろうと思ったのです。私たちは、動物個体ではなく、シャーレやフラスコ内で培養する細胞に着目しました。動物個体よりもシンプルなモデルであり、前述の弱点を克服できると期待したのです。

そこで、三次元細胞培養という方法に着目されたのですね。

三次元細胞培養とは、文字通り、増殖した細胞集団が立体的な構造となるように細胞をかたまり状に培養する方法です。従来の細胞培養は二次元培養と呼ばれ、細胞は、シャーレなどの底にはりついた1層の細胞集団にしかなりません。三次元細胞培養ならば、細胞が複数層重なった形態をとるようになり、生体の組織・器官に近い構造を模倣させることができると考えられます。外側の層と内側の層では、細胞の性質が異なりますから、二次元と三次元では大きな違いがあるのです。

三次元細胞培養法は、組織工学や再生医学の分野で、研究が進んできました。特に、1987年に、細胞外基質のラミニンを多く含む細胞培養用の足場(担体)が開発されたことが、研究上の大きなブレイクスルーになりました。この担体は現在、「マトリゲル」という商品名で市販されていますが、マトリゲル中で細胞を培養すると、増殖した細胞が三次元的な構造をとるようになるのです。2009年にはオランダの研究グループが、マトリゲル中でマウスの腸の細胞1個から、腸管を模倣した器官様構造体(オルガノイド)の作製に成功しています。生体では、腸管に存在する幹細胞からたえず腸管細胞が形成されているので、幹細胞がスタートの細胞として用いられました。私たちは、このオランダのグループの方法をもとに、発がんモデルを開発しようと考えたのです。

【二次元細胞培養と三次元細胞培養】

二次元培養ではシャーレなどに細胞と培養液を入れて培養するのに対し、三次元細胞培養では細胞外基質のラミニンを含んだ担体(商品名「マトリゲル」)中で細胞をかたまり状に培養する。培養液は担体の上に入れる。


プロフィール
前田 明

筆宝 義隆(ひっぽう・よしたか)
千葉県がんセンター研究所 発がん制御研究部 部長

1994年 東京大学医学部医学科卒業、医師免許取得
1994年 東京大学医学部付属病院研修医(内科)
1995年 国立国際医療センター研修医(内科)
1996年 東京大学医学部第三内科入局(消化器グループ・油谷浩幸研究室)
2000年 東京大学大学院医学系研究科修了(消化器内科学)、博士(医学)
2000年 東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門NEDOプロジェクト博士研究員(油谷浩幸研究室)
2002年 東京大学先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門助手
2005年 コールドスプリングハーバー研究所博士研究員(Scott Lowe研究室)
2009年 国立がんセンター研究所早期がん研究プロジェクト室長(中釜斉プロジェクトリーダー)
2010年 国立がん研究センター研究所 発がんシステム研究分野ユニット長
2014年 千葉県がんセンター研究所発がん制御研究部部長