研究紹介

がん研究 スポットライト

三次元細胞培養による大腸がん発がんモデルの開発
試験管内で臓器を作製し、がんを再現

具体的には、どのように開発を進められたのですか?

私たちも、オランダのグループの方法で腸管のオルガノイドをつくってみました。論文に書かれた通りやってもうまくいかないということが、通例多々あります。いわゆる実験のコツを必要とするのですが、これについては比較的簡単に成功しました。マウスのたった1個の細胞からスタートし、パネート細胞、ゴブレット細胞、内分泌細胞、吸収上皮細胞という4種類の上皮細胞からなる複雑な構造体を形成させることができたのです。

そして、ここからが私たちのオリジナルの成果なのですが、形成したオルガノイドに人工的に遺伝子を導入する技術の開発に取り組みました。細胞の性質を変えるためには、外部から遺伝子を導入することが必須ですが、オルガノイドに遺伝子を導入することには誰も成功していなかったからです。ところが、これがなかなかうまくいかなかった。失敗の連続でした。

オルガノイドに遺伝子を導入するためには、遺伝子の運び手であるウイルスをオルガノイドに感染させなければなりません。ところが、培養に用いたマトリゲルがオルガノイドの周囲で邪魔をして、ウイルスの感染が起きないのです。だからといってマトリゲルを除去すると、オルガノイドはすぐ死んでしまう。試行錯誤の末、マトリゲルの上にオルガノイドを乗せてみました。すると、オルガノイドの辺縁部で少しばらけている細胞に少しばかり感染が起きているのに気がつきました。そこで、オルガノイドの細胞を適度にほぐして1個1個にしたものをマトリゲルに乗せてみました。なんと今度は、ほぼ100%の細胞で感染が起き、遺伝子導入に成功したのです。このやり方を見つけるまでに何ヵ月も要しましたが、諦めずに続けてほんとうによかったと思っています。ほぐした細胞は、培養し続ければ、また、三次元の構造を取ります。

【腸管オルガノイドにレンチウイルスを感染させる方法】

遺伝子の運び手であるレンチウイルスは、マトリゲル中のオルガノイドや細胞には感染しない。しかし、マトリゲルがないとオルガノイドや細胞は死んでしまう。あるとき、マトリゲル上に置いたオルガノイドの辺縁部で少しばらけている細胞で感染が起きていることに筆宝部長らは気がついた。そこで、オルガノイドの細胞をばらばらにしてマトリゲル上に置いたところ、高効率で感染が起きることがわかった。レンチウイルスには、マーカーとしてGFP(緑色蛍光タンパク質)遺伝子を含ませてあり、感染すると細胞は緑色に光る(このページのトップ写真、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 11127, 2013より転載)。

腸管オルガノイドに遺伝子を導入することで、大腸がんが再現できたのですね。

はい。大腸がんを引き起こす遺伝子の変異は、これまでに多くの研究者により詳しく解明されています。すなわち、APC、K-ras、p53という3つの遺伝子の変異が次々に作用することで、がん化の開始(ポリープの形成)、ポリープの進行、腫瘍の形成という過程が引き起こされるのです。このように複数の遺伝子異常が段階的に蓄積してがん化が起きることを、多段階発がんと呼ぶのですが、私たちは、これを腸管オルガノイドで再現できました。すなわち、腸管オルガノイドを作製し、これらの3つの遺伝子の変異を段階的に引き起こして、ポリープの形成に始まる大腸がん特有の過程を再現したのです。

がん化が起きているかどうかは、腸管オルガノイドの細胞を免疫不全マウスに移植して、腫瘍を形成するかどうかを観察することで確認しました。ただし、マウスを用意して移植し、腫瘍の形成を観察するまでには、手間も時間もかかります。そこで、簡単に確認する別の方法を検討しました。その結果、浮遊培養で凝集塊(スフェロイド)を作成できるようになったオルガノイドはマウス皮下でもほぼ腫瘍を形成することが確認され、発がん性の確認にこうした性質も利用可能であることがわかりました。いずれにしても、この細胞レベルのモデルを用いれば、マウス個体を用いるモデルよりも、ずっと短期間に、しかも簡単に発がんモデルを作製できます。

【大腸がんの多段階発がん】

正常細胞から大腸がんが発生する過程は、多段階の遺伝子変異が蓄積することで進行する。すなわち、APC遺伝子の変異に始まり、K-ras、p53遺伝子の変異が段階的に作用し、がん化の開始(ポリープの形成)、ポリープの進行、腫瘍の形成が引き起こされる。腸管オルガノイドを用いれば、このような多段階発がんの機構や、さらに、それに対する別の因子の影響なども実験できる。

【腸管オルガノイドで大腸がんを再現させたときの組織画像】

上から順に、K-ras遺伝子を活性化した場合、APC遺伝子を抑制した場合、両者を同時に達成した場合の腫瘍の組織像。左から、形態、βカテニン分子の蓄積、粘液の分泌機能、細胞の増殖性を示している。両方の遺伝子異常の導入により、異常腺管の密度が上昇し、βカテニン分子が蓄積し、腸管細胞への分化を意味する粘液の分泌機能を保持したまま増殖がさかんになることがわかる。なお、遺伝子導入しないオルガノイドは腫瘍を形成しない。