研究紹介

がん研究 スポットライト

難治性の脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)を克服し、患者さんのQOL(生活の質)を向上させたい
悪性度の高い膠芽腫の治療と向き合ってきた脳外科医として、膠芽腫を克服し患者さんのQOL向上に貢献したいという思いが研究者でもある自分を支えている。これからも臨床と研究の両面からアプローチし、膠芽腫の新たな治療薬の開発とマーカー発見につなげたい。
熊本大学 医学部附属病院 脳神経外科 助教 秀 拓一郎
膠芽腫を克服したいとの思いから

膠芽腫がどんながんなのか教えてください。

脳腫瘍のなかでも最も悪性のものです。熊本県を例にあげると、1989年から2010年の間、新規に脳腫瘍と診断された6251例(男2413、女3838)のうち最も多いのが髄膜腫でその次がグリオーマです。グリオーマには、比較的おとなしく悪性度が低いものから、膠芽腫のように非常に悪性度の高いものまであり、新規のグリオーマ患者の約半分が膠芽腫です。20年来の熊本県の脳腫瘍の症例データは信憑性が高いと評価されていて、国内外でよく引用されます。ちなみに国内で脳腫瘍が見つかるのは10万人に約14人とされています。

脳腫瘍発生頻度 熊本6251例、男性:2413、女性:3838

熊本県の脳腫瘍発生頻度(1989-2010年)

膠芽腫の完治はかなり困難なのですか?

脳腫瘍も他のがんと同様に遺伝子研究が進んできまして、膠芽腫には最初から膠芽腫として見つかるものと、悪性度が比較的低くおとなしいものが5年、10年という単位で悪性化したもの、という2つのタイプがあることが最近わかってきました。とはいえ、いずれも膠芽腫と診断名がつくときには平均余命が約1年。手術、放射線治療、化学治療のすべてをやっても半数以上の患者さんが1年以内に再発してしまいます。ここ20、30年の間、平均生存期間はほとんど延びていない脳腫瘍です。

その膠芽腫治療の研究に着手された「きっかけ」はなんですか?

なんといっても膠芽腫が脳腫瘍のなかでも最も治りにくい悪性腫瘍であり、脳外科医として患者さんのために何とか克服したいと思ったからです。膠芽腫は、痙攣や頭痛、言語麻痺といったなんらかの症状が出て見つかる場合はある程度進んでいることが多く、無症状のうち、つまり腫瘍が小さいうちに発見できれば、手術で腫瘍の周囲も含めてある程度大きく摘出することも可能です。ただし脳という臓器の特殊性から、周囲の正常脳組織に浸潤性に広がってしまうと腫瘍の核の部分しか摘出できません。そこがほかの固形がんとは違います。
抗がん剤や分子標的薬もありますが、膠芽腫には特効薬がないのが現状です。最新のテモゾロミドという抗がん剤により平均生存期間が12か月から14か月に延長しています。このように手術に放射線、化学治療を併用することで、わずかずつではありますが改善しています。
しかも膠芽腫の再発のほとんどが「局所再発」であることがわかってきました。膠芽腫の局所再発を克服できれば、患者さんの予後やQOLが改善できるはずです。だからこそ、再発をおさえ膠芽腫を克服する治療法を見つけたいのです。

【膠芽腫のMRI所見】 T1 T1-Gd FLAIR 【グリオーマの組織像】 グレード1、グレード2、グレード3、グレード4(膠芽腫)

MRI画像の特徴
T1-Gd画像:造影剤を使用すると、不均一なリング状増強効果を示す。手術では増強効果を示し白く見える部分を摘出する。

FLAIR画像(フレア画像):白くヤツデ状に見える部分は脳が腫れた部分(浮腫)で腫瘍細胞の浸潤も認める。

組織学的特徴:グレード(悪性度)が高くなるにつれて細胞密度は高く、細胞の形も大小不同が著明で、多数の細胞分裂を認める。膠芽腫は悪性度が最も高く、グレード4に分類される。

【膠芽腫の治療】
膠芽腫の治療

右:テモゾロミドによってわずかながら生存期間が延びたのは画期的なこと

プロフィール
秀 拓一郎

秀 拓一郎(ひで・たくいちろう)
熊本大学 医学部附属病院
脳神経外科 助教

1991年熊本大学医学部医学科卒業
1997年熊本大学医学研究科入学
2003年学位(医学博士)取得

熊本大学医学部脳神経外科
熊本済生会病院脳神経外科
大分県立病院脳神経外科
国立熊本病院脳神経外科などで臨床に従事

1997年熊本大学医学研究科 形態形成部門(相澤 慎一 教授)で基礎研究の面白さを知る。
2003年4月トロント大学 トロント小児病院 Brain Tumor Research Center, Dr. Peter Dirksの下で、癌幹細胞研究を開始
2005年8月理化学研究所 発生再生科学総合研究センター 分化転換研究チーム(近藤亨チームリーダー)に移動し、研究員として膠芽腫幹細胞モデル細胞を樹立し、新規治療標的遺伝子の探索を行なう。
2008年6月熊本大学医学部脳神経外科に戻り、2008年8月より現職。臨床を行ないながら膠芽腫の新規治療法の開発を目指し研究を行なっている。

注釈
【膠芽腫(こうがしゅ)】
英語名はGlioblastoma、神経膠芽細胞腫ともいう。脳腫瘍には神経系(ニューロン)、グリア系に由来するものや脳の表面を覆う膜構造や下垂体が腫瘍化したものなどさまざまあり、診断名(組織診断)は150を超える。そのなかで最も悪性なのが膠芽腫で、神経上皮に由来するグリア系の腫瘍の一つ。
【髄膜腫(ずいまくしゅ)】
脳腫瘍のなかでも、脳の表面の膜にできる腫瘍。
【グリオーマ】
神経膠腫(しんけいこうしゅ)。脳の神経細胞からできる脳腫瘍。膠芽腫はこのなかの一つ。
【テモゾロミド】
商品名:テモダール。グリオーマの治療薬として日本では2006年7月に承認された。抗がん剤の一種で経口のアルキル化剤。