研究紹介

がん研究 スポットライト

難治性の脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)を克服し、患者さんのQOL(生活の質)を向上させたい
膠芽腫の新規治療の創出とマーカー発見をめざしmiRNAに注目

膠芽腫幹細胞ニッチを標的とするためにmiRNAに注目した理由とは?

これまでのいろいろな分野の研究からmiRNAががん遺伝子やがん抑制遺伝子として作用したり、化学治療の感受性、ステムネス(幹細胞らしさ)、分化にかかわる機能をもつことが報告されています。miRNAの特徴として、自分の遺伝子をきちんともっていることや、細胞内で安定して存在していることもわかってきています。またmiRNAは複数の遺伝子を標的にすることができるとされています。複数の遺伝子といっても、多くの場合は機能が似たような遺伝子が標的です。それならニッチをつくる、つまりがん幹細胞を守るという目的をもった複数の細胞に対して、なんらかの影響を及ぼすmiRNAが存在するのではないか。それがわかれば、膠芽腫の新規治療につながると考えたのです。

近年テモゾロミドや分子標的薬も登場してきました。これまでの治療に追加し、もう少し幅を広げて膠芽腫幹細胞がひそむ「場所(ニッチ)」というところをやっつけたい、複数の遺伝子を攻撃したいという考え方です。だからテモゾロミドにプラスmiRNAでもいいし、テモゾロミドと分子標的薬の併用プラスmiRNAでもいい。標的が違えば、互いの副作用も軽減でき、標的が違うことでもっと相乗的な効果が期待できると考えています。

miRNAに注目するもう一つの理由がマーカーの発見とのことですが?

膠芽腫治療の最大の課題として、バイオマーカーが発見されていないことがあります。血液系のがんと違って固形がんの場合はバイオマーカーがなかなかできません。
興味ぶかいことに、miRNAのなかには、血液や脳脊髄液などの体液中で比較的安定にある分泌型miRNAが存在することがわかってきました。これが膠芽腫のバイオマーカーの発見につながるのではないかと期待しています。臨床の現場では、画像で脳腫瘍と疑わしい所見を呈しても、脳炎などの炎症性のものか放射線壊死によるものか判断つきかねます。マーカーがあれば腫瘍の早期診断、再発の早期発見につながり、余分な検査や手術が回避できます。患者さんへの身体的・経済的な負担がずいぶん軽減されるはずです。

研究方針としては、周辺部、境界部、腫瘍部分のそれぞれの組織からmiRNAをとっていろいろ調べ、境界部で特別高いようなものが見つかればそれを標的として治療していけるのではないかと考えています。また、再発とか初発とかの時間的なところでどうかとか、血液や脳脊髄液中ではどうかなどを検討するところです。

初回手術時

再発手術時

臨床と研究の両立はたいへんだと思いますが?

現状では、平日はほとんど手術で、研究は週末にやらざるをえません。しかも緊急の呼び出しがあれば、研究を中断しなければなりませんから、数日培養をした組織をだめにしてしまうこともあります。それでも、脳腫瘍をはじめあらゆる脳外科の患者さんの貴重なデータや組織が集まる場にいられるわけですし、日ごろ患者さんと接しているからこそわかることもたくさんあります。この臨床の教室の強みをいかし、基礎研究と臨床をつなぐトランスレーショナルリサーチの結果をできるだけ早く医療の現場につなげ、膠芽腫を克服したいと考えています。

TEXT:冨田ひろみ PHOTO:荒井邦夫
取材日:2011年10月23日

注釈
【miRNA】
マイクロアールエヌエーと読み、micro-RNAの表記もある。non-coding RNA(たんぱく質への翻訳がされないRNA)の一種で、多くの遺伝子やたんぱく質の発現を制御する機能をもつ。近年、がん研究の分野で新たな診断や治療に応用できる可能性が期待されている。
【バイオマーカー】
biomarker:分子マーカー(molecular marker)ともいう。がん治療の分野では、血液などの体液や組織中に存在する、特定のがんの徴候を示す生体分子をいう。脳腫瘍では、胚細胞腫瘍ではAFPやHCGが、また、ホルモン分泌型下垂体腺腫は下垂体ホルモンがマーカーとしてつかわれるものの、確定したバイオマーカーはほとんど発見されていないのが現状である。
【分泌型miRNA】
英語ではcirculating miRNA、circulatingは「循環、巡回」の意。血液などの体液中に、エクソソームという小胞顆粒中に包埋されて分泌されるタイプのmiRNAのこと。
【放射能壊死】
放射線治療の場合、照射する位置や範囲によってはがん細胞だけでなく周囲の正常な組織を壊死させる可能性がある。それを防ぐため、腫瘍だけピンポイントに放射線照射できる「定位放射線治療」も近年では行なわれるようになってきた。
【トランスレーショナルリサーチ】
日本語では「橋渡し研究」と訳される。医療の分野では研究と臨床の橋渡しを意味し、研究の成果を臨床で実践し、臨床で得た経験を研究にいかして、新しい医療への開発に貢献すること。