研究紹介

がん研究 スポットライト

難治性の脳腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ)を克服し、患者さんのQOL(生活の質)を向上させたい
‘本物’をやみくもに攻撃するより、ニッチという「領域」を狙いたい

膠芽腫の再発には特徴的なものがあるのですか?

もともと私は大学院で「発生」をやっていまして、比較的、発生的な視点でがんをみてきました。がん細胞のなかには、親玉になるものがあって、少し分化度が進んだものや分裂をしないような細胞があります。画像では、膠芽腫が100%取れていると判断できても、再発をきたします。正常な組織における「組織の再生修復」同様にとらえると、「再発」とは「がん組織が自分で自分を修復している」ととらえることができます。
先ほどお見せしたフレア画像にある、白いヤツデ状に広がるあたりは脳が腫れた場所で、浸潤がおきていると考えられます。あれだけの広い範囲を手術で摘出するのは無理です。多くの場合、白く造影される部分は完全に摘出できても、摘出腔周囲から再発していきます。つまり摘出した境界部に、がんの親玉、つまり「がん幹細胞」が残っていると考えるわけです。

発症時→手術 放射線治療 化学治療→治療後、再発時

再発抑制のためがん幹細胞ではなく、がん幹細胞ニッチに注目されたのはなぜですか?

膠芽腫のがん幹細胞自体を実験的に純化できず、正体がまだつきとめられていないからです。がん幹細胞は薬物排出量が高く、あまり分裂せずに冬眠状態にあると考えられています。そんな状態の細胞には放射線治療や抗がん剤治療に対し抵抗性をもっていて、生き残る可能性があります。膠芽腫の再発はほとんどが局所再発ですが、境界部にがん幹細胞が残存し、そこでニッチ(微小環境)という‘城や兵’に完璧に守られて生きながらえている。ならば、ニッチを攻撃し、がん幹細胞を丸裸にしてやれば、がん幹細胞を直接攻撃できるし、さらに再びまわりを兵で囲もうとして分裂を始めると放射線や抗がん剤での治療効果が高くなると考えたからです。

先生は以前、がん幹細胞の研究にとりくまれていたそうですが?

2003年〜05年はトロント大学に留学してトロント小児病院脳神経外科医のPeter Dirks博士の下でいろいろな脳腫瘍からがん幹細胞を樹立し、2005年〜08年は神戸の理化学研究所でマウスの神経系細胞をつかって脳腫瘍(膠芽腫)のがん幹細胞の樹立を行ないました。トロントではヒトの細胞をつかい、理化学研究所ではいろいろな神経系細胞、例えばオリゴデンドロサイト前駆細胞やアストロサイトを分化させ、そこにいろいろながん遺伝子を導入することで人工的な膠芽腫幹細胞を樹立する実験を行なってきました。膠芽腫幹細胞モデル細胞をつかうことで、新たな膠芽腫治療のターゲットとなるものを探そうとしたのです。

実験プロセスなど詳細は割愛しますが、正常の幹細胞と分化度や細胞系譜が異なる細胞それぞれにHRasなどの遺伝子を導入して腫瘍形成能を獲得できるか、できた腫瘍の組織的悪性度はどうか、さらにはこれらのモデル細胞を用いて腫瘍形成能を抑制する遺伝子を調べました。また、これは既に発表しましたが、COX2という炎症関連遺伝子と、増殖因子であるegf関連の遺伝子などが膠芽腫幹細胞モデル細胞で高発現しており、治療標的遺伝子になりそうだとつきとめ、ゲフィチニブやセレコフチブなど既につかわれているそれぞれの抑制剤を経口投与して治療効果を検討しました。その結果、単剤投与では腫瘍形成能や生存期間に影響はないものの、2剤併用で投与すると生存期間の延長が見られました。こうした研究成果も、今後にいかしていきたいと思っています。

2003-2005年
Brain Tumor Research Center,
Hospital for Sick Children,
Toronto, CANADA
(Dr. Peter Dirks)

2005-2008年
理化学研究所 神戸研究所
発生再生科学総合研究センター
分化転換研究チーム
(近藤亨チームリーダー)

トロント留学および理学研究所での研究歴

膠芽腫幹細胞 移植マウスの生存曲線

抗腫瘍効果の検討(2剤併用で効果が見られた)

注釈
【がん幹細胞】
かつて、がん細胞のすべてが腫瘍をつくる(腫瘍形成能)と考えられていたが、最近ではごく一部の細胞だけが無限に分裂して(分裂能)、がんの転移や浸潤をひきおこしているととらえるようになった。この細胞をがん幹細胞という。がん幹細胞は正常な幹細胞(ステムセル)とよく似ていて、ともに自己複製能、多分化能をもつが、がん幹細胞は腫瘍形成能をもつ。
【細胞の冬眠状態】
英語ではdormant:細胞周期(分裂)がとまっている状態のこと。がん治療における化学療法(抗がん剤)は、細胞の分裂期にDNAを傷つけることでがん細胞をたたくため、冬眠状態の細胞は治療抵抗性である(治療の効果が及ばない)。
【ニッチ】
がん研究分野でいう「ニッチ」とは「微小環境」の意。がん幹細胞が好む最適な環境のことで、免疫細胞、炎症細胞、間質細胞、細胞外マトリックス、血管やリンパ管などから構成される。がん幹細胞を「種」とすれば、ニッチはいわば「土壌」にあたる。