研究紹介

がん研究 スポットライト

大豆イソフラボンの前立腺がん予防効果−科学的な解明から、世界規模の予防戦略へ
男性ホルモンの働きを抑制するエコール

エコールは、どんなしくみで効果を示すのですか?

エコールについては、乳がんとの関連をはじめとする多くの研究が行われています。そうした研究をもとに、私たちは、エコールの作用機序について以下のような仮説を立てています。

まず、前立腺がんと男性ホルモンの関係からお話ししましょう。男性ホルモンのテストステロンは、精巣から分泌されて前立腺の細胞に入ると、5αリダクターゼという酵素の働きを受けて活性型のジヒドロテストステロン(DHT)に変化します。このDHTが細胞の核内に移行し、受容体に結合すると、前立腺がん細胞の増殖を促進する遺伝子群を活性化し、がん化が促進されるといわれています。

一方、エコールは、5αリダクターゼと結合することによりその働きを阻害すると指摘されています。つまり、テストステロンからDHTができるのを抑える働きがあるのです。これにより、前立腺がんが起こりにくくなると、私たちは考えています。実際、私たちの実験でも、イソフラボンを2〜3ヵ月間摂取した人では、DHTの血中濃度が低いことが確認されています。

また、エコールは、これ以外の作用によっても、前立腺がんを抑制するようです。エコールが、女性ホルモンであるエストロゲンの受容体に作用する結果、前立腺がん細胞の増殖を促進する遺伝子群が抑制され、増殖を抑える遺伝子群が活性化されるのではないかと考えられます。

【エコールが前立腺がん細胞の増殖を抑制する分子機序の仮説】

精巣から分泌された男性ホルモンのテストステロンが前立腺細胞に入ると、5αリダクターゼの作用により活性型のジヒドロテストステロン(DHT)に変換される。DHTが受容体(アンドロゲン受容体)に結合すると、増殖を促進する遺伝子群の発現を引き起こす。またエコールは、女性ホルモンのエストロゲンがα受容体に結合するのを抑制し、β受容体に結合するのを促進するが、その結果、前立腺がん細胞の増殖が抑制される。

エコールを産生するのは、どんな腸内細菌なのですか?

ヒトの腸内に常在する腸内細菌には膨大な種類がありますが、私たちは、エコールを血中に有する日本人の腸内細菌の中から、エコール産生細菌を同定することに成功しました。それが、NATTS菌です。発見者名のイニシャルを並べて命名したもので、「ナッツ菌」と読みます。スラキア属と呼ばれる細菌の一種です。

共同研究者の辻浩和博士(ヤクルト研究所)を中心としたグループがNATTS菌のゲノム配列をさらに詳しく解析し、NATTS菌がダイゼインをエコールに変換する酵素をもつことを突き止めました。また、NATTS菌のゲノム配列の一部を目印に使って、NATTS菌の存在をスクリーニングする手法も開発しました。この方法により、その人がNATTS菌をもつかどうかを簡単に調べられるようになります。

【スラキア属の一種であるNATTS菌の顕微鏡像】

電子顕微鏡像。このページのトップはグラム染色像。

NATTS菌を腸内に獲得したり保持したりするにはどうしたらよいのでしょうか?

NATTS菌の獲得については、これから明らかにするところです。親からの垂直感染で受け継ぐのか、あるいは、環境からの水平感染で取り込むのかといったことがまだわからないのです。NATTS菌が、自然界のどこに生息するのか、腸内のどこに生息するのかもわかっていません。

NATTS菌を新たに取り込もうとする場合ですが、たとえば、菌を培養してサプリメント化するというのは、開発が容易ではないでしょう。微生物を食べられるものにするまでには、安全性の確保に膨大な検査が必要になると考えられます。むしろ、エコール産生に関わる酵素のみのサプリメントをつくることなら、現実的に考えられると思います。なお、エコールそのものは体内で比較的短時間に分解されてしまうため、常にエコールを血中に産生し続けられることが重要だと考えられます。