研究紹介

新しい抗がん剤の開発と分子薬理研究の発展 矢守 隆夫 抗がん物質の探索、分子標的の予測などを可能にさせるがん分子標的治療研究に役立つ情報システムを立ち上げ、タンパク質の機能解明も視野に、革新的な創薬への道を開く。

がんの”アキレス腱”をねらう「分子標的薬」

がんの治療法としての抗がん剤の開発は、第二次大戦直後に始まり、それから数えても1世紀に満たないもので、まだまだ発展途上の段階にあると言える。抗がん剤の働きは基本的には、がんの増殖を抑える、あるいはがん細胞を殺すものであるが、副作用として正常の細胞を一緒に殺してしまうこともある。なぜ、そのようなことが起きるのか。


正常細胞とがん細胞には一見大きな違いがありそうだが、もとは私たちの体の細胞にある核の中の遺伝子DNAに傷が入り、変異が起こってがん化するので、ほかのところはほとんど同じなのだ。それ故、正常細胞とがん細胞との違いはごくわずかなので、薬でがん細胞を叩こうとすると、正常細胞も叩かれてしまい、なかなかうまくいかない。それが薬の副作用を生じさせる原因ともなる。2000年頃までの薬はそういうものが多かったようだ。


抗がん剤の研究者である矢守隆夫部長は、「究極的には、正常な細胞とがん細胞を厳密に見分けて叩けるような薬が、がんに特異的に作用する薬で理想的だ。しかし、完全に特異的ではなくとも、正常細胞よりもがんで余計に出ている性質をねらえば、かなりがんに選択性がある。副作用も低く抑えられるだろう」と言う。二者択一のような性質を「選択性」とか「選択毒性」と呼ぶそうで、がんだけに効いて正常組織には効かない、そういう薬が当然ながら期待されている。


がんの薬の研究は、1980年代に分子生物学が大きく進展して一挙に変貌した。がんの発がんや分子メカニズムが次々に解明され、がんについての理解度は、80年代以前と以後とを比べると格段の違いを示したのである。


そういう状況の中で、特に「キナーゼ(リン酸化酵素)」という一群の酵素の中のあるものが、発がんやがんの増殖に対して重要な働きをすることが分かってきた。言い換えれば、それらはがんの“アキレス腱”である。ならば、そのようなキナーゼを阻害すればがんの薬になるのでは……ということで、がんの“アキレス腱”を標的とする薬を作るのが新しい創薬のスタイルになった。こういう薬を「分子標的薬」と呼んでいる。


矢守 隆夫(やもり たかお)


矢守 隆夫(やもり たかお) 矢守 隆夫(やもり たかお)
公益財団法人 がん研究会 がん化学療法センター 分子薬理部 部長

昭和51年東京大学薬学部卒業。53年3月、同大学院薬学系研究科修士課程修了。同年4月より(財)癌研究会癌化学療法センター基礎研究部研究助手になる。60年にUniversity of Texas M.D. Anderson Cancer CenterでProject Investigatorを務めた後、62年癌化学療法センター基礎研究部に研究員として復帰。平成7年同部副部長、12年同センター分子薬理部部長に就任。21年より癌化学療法センター所長補佐を兼務。薬学博士。

注釈
【厚労省の認可医薬品】
現在、厚労省から認可されている抗がん剤は約100種類ある。これらのうち、主に2000年以後に開発され、分子標的薬と呼ばれる抗がん剤は20数種類ある。一方、2000年以前に開発された薬はクラシカルな抗がん剤と呼ばれ、中には既に使われなくなったものもあるが、良い薬としていまも使われているものも多い。