研究紹介

インタビュー
PI3キナーゼの阻害剤を探索、初めて臨床試験までたどり着く

矢守部長の研究グループの実績例を紹介しよう──
某製薬会社で「ZSTK474」という化合物が作られた。マウスの実験では確かにがんの増殖を阻害する効果があるのだが、困ったことにターゲットが分からない。つまり、作用メカニズムが分からないのである。


そこで、JFCR39細胞パネルでまず、ZSTK474を39細胞に加えてフィンガープリントをとった。次に、既存の抗がん剤のフィンガープリント・データベースで比較してみると、確かに違ったプロファイルになったので、これまでにない薬である可能性のあることが確認できた。さらに、第2の化合物データベースをスクリーニングしていくと、ZSTK474と最も似ている化合物LY294002が見つかった。それはPI3キナーゼの阻害剤だった。スクリーニングの結果、ZSTK474はPI3キナーゼの阻害剤らしいことが予測されたわけである。


矢守部長によれば、PI3キナーゼというタンパク質は、この研究を始めた2003年頃には、がんの重要な“アキレス腱”であることがいろいろな証拠から分かっていたのだが、それを叩く薬になれるものはまだ開発されていなかったそうだ。


「そこで私たちは喜んだ。なぜかというと、LY294002は試験管内ではPI3キナーゼを阻害するけれど動物では毒性が強く、薬としては使えないものだった。それに対し、ZSTK474は試験管の中でがんの増殖をよく抑えて、動物レベルでもよく抑えることが分かっていた。だから、世界で初めて動物で有効性のあるPI3キナーゼ阻害剤だと予感したのです」


その予感を証明するための生化学的な実験をした結果、化合物ZSTK474は強力なPI3キナーゼの阻害剤であることが確認できたのだ──(図5)


図5.PI3キナーゼに対するZSTK474の効果

事は急を要する。安全性や種々の基準で調べたデータを十分にそろえて申請。アメリカの食品医薬品局(FDA)から臨床試験を始めてよいという許可を得て、2011年1月から臨床試験に入ることができた。新薬が誕生するには厳しい安全性基準をクリアしなければならない製薬事情をよく知っているだけに、矢守部長の感慨は深く、大変うれしい成果なのだが、「日本ではなくてアメリカで最初に臨床試験に入ったことは残念ですが……」とも言う。治験後進国と言われ、第1相臨床試験が実施されにくい日本の現状に、複雑な表情ものぞかせた。



注釈
【FDA】
食品医薬品局(Food and Drug Administration)。消費者が日常生活で接する機会のある食品や医薬品、化粧品、その関連製品などについて、許可や違反の取締りなどを専門的に行う行政機関。

【最近の治験事情】
2011年8月31日、国立がん研究センターは早期臨床試験の拠点「国立がん研究センターフェーズIセンター」を整備すると発表した。欧米中心に早期治験が行われ、海外で承認済みの抗がん剤が国内でなかなか使えない状況“ドラッグラグ”の解消を図り、新薬の開発と承認取得を促進するのが目的。