研究紹介

p53の多彩な機能の解明へ 千葉大学大学院医学研究院 細胞治療内科学 田中知明 講師
‘ゲノムの守護神’、がん抑制作用などさまざまな機能をもつp53の研究は究めれば究めるほど謎が深まっていくという。それでも弛むことなく研究を続ければがん幹細胞標的治療の道も拓けると信じている

iPS細胞作製ががん幹細胞研究を後押しする

京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥博士が2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞したことで、iPS細胞や再生医療への関心はいっきに高まった。もちろん、それ以前から国内外の多くの研究者たちはiPSやES細胞を使ってさまざまな研究に取り組んできたことは言うまでもない。その一人、千葉大学大学院講師の田中知明博士が目指すテーマの1つは、‘ゲノムの守護神’として知られる癌抑制遺伝子p53の研究にもとづく、ES/iPS細胞とがん幹細胞に共通したエピゲノム分子基盤及びがん化メカニズムの解明であり、将来的ながん幹細胞標的治療につなげたいというものだ。

発がんの鍵を握る「がん幹細胞」という概念が注目を集めたのは、iPS細胞の作製が成功したのとほぼ同じ時期という。がんを治療しても再発や転移を起こしたり抗がん剤が効かなくなるといった治療抵抗性の原因は、がん幹細胞にあるという概念。しかもがん幹細胞は、がん組織のなかのごく一部分しか占めていないとされている。
「がん幹細胞を生化学的に、あるいは遺伝子レベルで解明しようにも、マテリアルがあまりに少ない。一方でES細胞やiPS細胞は、がん細胞に非常に近い性質をもち、しかもたくさん培養することが可能です。がん幹細胞とは異なるものの、がん幹細胞に近い性質をもつES/iPS細胞を用いてその共通性と非共通性のメカニズムや分子機構を解明できれば、がん幹細胞研究に応用できると着想しました」と田中博士は研究のストラテジーを語る。

iPS細胞の作製成功が発表された当初、体細胞からiPS細胞を樹立させるには山中因子(ファクター)と呼ばれる4種類の遺伝子(転写因子)が必要とされた。その中には、c-Mycと呼ばれるがん遺伝子が含まれるが、反対にp53機能をつぶしておくと、iPS樹立効率が格段に高まることも明らかにされている。c-Mycを除く3種類でのiPS細胞作製に成功し、さらには山中因子以外の遺伝子の組み合わせでもiPS細胞の作製に成功した報告(トムソン博士など)がなされている。がん遺伝子が核リプログラムを促し、がん抑制遺伝子p53がブロックするという点に田中博士は注目している。


ゲノムの守護神p53がもつ多彩な機能

p53はさまざまな働きをもつ多機能タンパク質として知られている。その1つが先にあげた「ゲノムの守護神」としての役割だ。DNAがなんらかの要因で損傷を受けると、p53はその損傷具合によってDNAを修復するか、あるいは修復の余地なしと判断すれば細胞そのものを死に導く(これをアポトーシス=プログラムされた細胞死という)。このように細胞のがん化を防いでくれているわけで、p53は細胞の運命をきめる重要な役割を果たしている。

また、p53は代表的ながん抑制遺伝子の1つでもある。p53の働きを抑えると細胞のがん化や細胞分裂の無限能を与えることが、多くの研究者の報告からわかっている。 「さらに細胞老化や組織老化にも関連しており、動脈硬化などの老化関連疾患や肥満・糖尿病などにも関わっており、実に多彩な働きをp53はもっています。しかし、未解明なところもたくさんあります」と語る田中博士は、p53の研究に取り組まれて15年余り。内科の臨床医としてスタートしたが、もともとがんや細胞の増殖に興味があり、大学院に進んで細胞周期の研究に取り組んだ。そこでp53というテーマに出合い、p53がもつ細胞修復機能やアポトーシス誘導機能、そして細胞の運命を決定する仕組みについて研究を続けてきたという。

【がん抑制遺伝子p53と疾患】
がん抑制遺伝子p53と疾患
田中知明 田中 知明(たなか ともあき)
千葉大学大学院医学研究院 細胞治療内科学 講師

1992年 3月 千葉大学医学部卒業、同年 6月 千葉大学医学部付属病院内科。1993年4月 社会保険船橋中央病院内科、1999年 3月 千葉大学大学院医学研究院修了。同年 1月 国立がんセンター研究所研究員、2002年 7月 日本学術振興会海外特別研究員、同年 8月 米国コロンビア大学生物部ポストドクトラルフェロー。2004年 9月 米国コロンビア大学生物部リサーチアソシエイト。2007年 7月 千葉大学医学部付属病院糖尿病代謝内分泌科 助教。11年 7月 千葉大学大学院医学研究院細胞治療内科学 講師。
現在に至る

【専門】分子生物学、生化学、内分泌学、腫瘍生物学
【所属学会】日本癌学会、日本分子生物学会、日本内分泌学会(評議員)、日本糖尿病学会、日本内科学会、日本生化学会、日本老年医学会、日本甲状腺学会、日本骨代謝学会
【免状】内科認定医、内科指導医、内分泌専門医、内分泌指導医、糖尿病専門医、甲状腺専門医、産業認定医
【賞】日本内分泌学会研究奨励賞、千葉医学会賞、日本学術振興会海外特別研究員


注釈
【iPS細胞】
induced Pluripotent Stem cell
人工多能性幹細胞

【ES細胞】
Embryonic Stem cell
胚性幹細胞。ヒトES細胞の作製は1998年に成功したが、万能細胞研究の端緒は62年にイギリスのガードン博士が蛙の卵子を使い細胞の初期化に成功したことから。ES細胞は万能細胞ともてはやされたが、作製には胎児になる前の「胚」という細胞のかたまりを使うため倫理的な課題があった。

【p53】
ヒトのがんのおよそ半分に変異を認める重要ながん抑制遺伝子。 名称はタンパク質proteinのpとタンパク質の大きさ53(kDa)に由来(分子量53000のタンパク質を作る遺伝子という意味)。ヒト染色体の17番目にある。

【山中4因子】
山中教授らの研究グループが体細胞からiPS細胞の作製(樹立)に成功した際に(つまり初期化に)必要な4種類の遺伝子(Oct3/4,Sox2,Klf4,c-Myc)を総称して「山中4因子(ヤマナカファクター)」と呼ぶ。その後、がん遺伝子の1つであるc-Mycを除いても初期化に成功している。

【トムソン博士】
ジェームズ・トムソン(1958〜 )アメリカ・ウィスコンシン大学教授、1998年ヒトES細胞作製に世界初で成功。山中博士と同日にiPS細胞作製に成功したと発表