研究紹介

インタビュー

がん化とエピジェネティクス

細胞のがん化とは、DNAそのものが損傷を受けただけでなく、DNAとヒストンの複合体である「クロマチン」の制御分子群に変異や異常を起こすことによることもわかってきた。つまりエピジェネティクスも、がん化と大いに関連しているというのだ。実際、いくつかのがんではヒストンのアセチル化を促す酵素(ヒストンアセチル化酵素)で遺伝子変異や染色体転座が起きたり、ヒストンメチル化酵素の欠失など、エピジェネティクスの領域で大きな変化が起きていることが報告されている。

転写因子でもあるp53は、エピジェネティクスの領域ではどのようなメカニズムでがん化を防いでくれているのだろうか? そのメカニズムが解明できれば、新たながん治療への道が大きく拓けるはずと田中博士は考えた。

「いわゆるDNAのメチル化といったヒストン修飾の異常を書き込んだり、あるいは消去したりが薬で調節できるようになれば、悪性の状態から前がん状態に戻したり、がん細胞を正常な細胞に戻すことも可能になるでしょう。エピジェネティクスを制御する因子を解明することが、がんにおけるエピジェネティクス創薬の治療戦略になるはずです」

【がんの進行とエピジェネティクス変異】
がんの進行とエピジェネティクス変異


核内でアクティブな分子群を同定する

田中博士は転写因子p53のメカニズムを解明するにあたり、クロマチン複合体として作用することを重視した。分子群を解明するために従来どおりの手法を使えば、細胞をすりつぶしてp53の複合体に含まれる分子を同定するところだが、「実際の細胞内ではDNAやタンパクやRNAなどが複雑にからみあって機能しているわけですから、単純にタンパクはタンパク、DNAはDNA、RNAはRNAに分離して個別のパラメーターを解析しただけでは、複合体としての情報や構造やシグナルなどは失われてしまいます。それでは、本当のところ何が起きているのかを解明するのは困難です」と田中博士は解説する。

生きた細胞内では複合体を構成するさまざまな因子が一過性に不安定ながら、構造を組み替え作用しあっているはずだ――そこで田中博士は、高次に転写複合体を構成するクロマチンの機能をみるため、細胞でアクティブな分子をクロスリンク(ChIPアッセイの分子間架橋)技術と生化学的な手法を組みあわせてクロマチン複合体を固定してから精製し、そこに含まれる因子を発見しようと発想した。その手法の開拓は留学当時からとりかかり、5年の歳月をかけた結果を2007年、Cell誌に発表した。

【転写因子p53複合体に含まれるエピゲノム制御因子の同定】
転写因子p53複合体に含まれるエピゲノム制御因子の同定

【分子間架橋技術を応用したp53クロマチン複合体解析】
分子間架橋技術を応用したp53クロマチン複合体解析

こうして、複合体としての分子同定を目指したところ、それまでは見つからなかった新しい会合分子がとれてきた。なかでも、核の複雑な構造を構成している因子がp53と作用することがわかってきたという。

「転写因子がシグナルを受けとり、遺伝子発現をリプログラムして細胞機能を調節するしくみは、非常に複雑な書き出し分子や読み取り分子や構造変換分子のネットワークで制御されています。転写因子としてのp53が、クロマチンの機能をどう調節しているのかをさらに生化学的に解析していけば、多能性を示すES/iPS細胞とがん幹細胞に共通した新しい分子やメカニズムが解明できるでしょうし、それが創薬に役立つはずだと信じています」

【複雑な核内構造体による新たなエピジェネティクス制御機構】
複雑な核内構造体による新たなエピジェネティクス制御機構

核膜の中にあるさまざまな構造体を構成する因子とp53が相互作用(interact)して核内の情報を制御する