研究紹介

インタビュー
より良い血管新生抑制剤の開発と治療法に向けて、さらなる飛躍をめざす 固形がんの細胞というのは、いわゆる肝臓の細胞あるいは乳腺の細胞、肺の細胞になってからがんができていくので、幹細胞に傷が入ってからがんができてくるわけではない。だから、そういう細胞が、なぜ幹細胞になるのかは全く不明であった。

ところが、2006年京都大学・山中伸弥教授が報告したiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、「成熟しきった細胞にたった4つの遺伝子が入ってくるだけで、ES細胞のように非常に未熟な細胞に若返ってしまう。ならば、成熟した肝臓の細胞が何かの遺伝子変化を受けると、それががん細胞になり、さらに悪性化の遺伝子を受けたら、もっと前の未熟な細胞に分化して、逆に戻ってしまう可能性も考えられる。iPS細胞は、そういうことも指し示している」と高倉教授はいう。

がん幹細胞はなぜ未熟なのか、なぜ未熟な状態を維持しているのかが分かれば、その機構を破綻させて、がん幹細胞を分化させてしまう。そうすれば、がんは全部死んでしまうと高倉教授は考える。つまり、「抗がん剤が効くような細胞になるので、怖くない細胞になる」という。

現在、造血幹細胞や正常組織の幹細胞はなぜ未熟なのか、ということも長年研究されてきて分かりつつあるそうだ。高倉教授は今後の展望をこう語っている。

「同じように、がんの幹細胞もなぜ未熟なのかが分かれば、それを抑制して未熟な細胞を成熟なものにしてしまうという新しい治療法も開発されるでしょう。固形がんのがん幹細胞という概念はこの5、6年でかなり広まり、しかも、血管領域というのが標的になりうるとして『血管新生抑制剤』が実際に治療に使われ始め、次にどのようにして良い薬をがん幹細胞に届けるか、という治療法の開発に向かっている。闇雲に抗がん剤を打つような治療法でない、もっといい分子標的薬剤、細胞標的薬剤などの全く新しい画期的な治療法が、今後10年くらいの間に生まれてくると私は期待しています」

TEXT:阿部芳子 PHOTO:荒井邦夫
取材日:2010年9月17日

大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 高倉研究室
http://st.biken.osaka-u.ac.jp/

注釈
【iPS細胞】
英語induced pluripotent stem cells。日本語では「人工多能性幹細胞」あるいは「新型万能細胞」「誘導多能性幹細胞」とも訳される。一般のニュース等では「新型万能細胞」がよく使われる。
iPS細胞は2006年、京都大学・山中伸弥教授らの研究グループによって、世界で初めてマウスの線維芽細胞から作られ、翌07年にヒトの細胞で作ることに成功した(同時期に、欧米でも同様のiPS細胞の作製に成功している)。iPS細胞は、幾つかの遺伝子を入れる(山中教授らの場合は4つ)ことでES細胞のような「分化万能性」と、分裂増殖しつつ自己を維持できる「自己複製能」とを併せ持ち、様々な組織の細胞になることができることから、医学と医療全般にわたって可能性を広げた画期的な技術と言われ、近い将来に臨床現場での応用が期待されている。しかし、その能力が、今までに考えられない領域にまで応用できることも予想され、あらたな懸念も広がっている。