研究紹介

がん細胞に老化を誘導するmiRNAを同定し、次世代型のがん治療薬と診断マーカーを開発したい がん細胞に老化を誘導し増殖・転移を抑制するマイクロRNAのメカニズムの解明 広島大学大学院医歯薬学保健学研究院 田原栄俊 教授
細胞の老化にかかわるmiR-22が、不死化したがん細胞に「老化」を誘導させてがんの増殖・転移を抑制しようという画期的なアイディアから、次世代型の核酸医薬品及び早期診断のためのマーカー開発をめざす。

不死化したがん細胞に「寿命」を与えるとは?

「老化」という言葉には、いいイメージをもたない人のほうが多いのではないか。だが、がん治療の研究開発において「老化」は注目すべきキーワードの1つになっている。
不死化という大きな特徴をもつがん細胞に老化を誘導させて、がんを抑制しようという画期的な研究を2011年4月に発表したのが、広島大薬学部の田原栄俊教授だ。正常な細胞は分裂が有限、一定数の分裂を繰り返すとそれ以上は分裂しない。それが「細胞の死」であり、ヒトに寿命があるゆえんだ。ところががん細胞は分裂が無限で(無限能)寿命がない。だから増殖や転移をひきおこす。
「仮にがん細胞に寿命があったら、おそらくいまのがん治療はほとんど必要ないでしょう」と語る田原教授を中心とした研究チームは、細胞レベルで老化を誘導できるmiRNAとしてmiR-22(miRNA-22)の同定に成功。このmiR-22が乳がん及び子宮頸がんのがん細胞の老化を誘導して、がんの増殖・転移を抑制することを明らかにしたのだ。
ここでいう細胞レベルの「老化」とはなにか。細胞はつねに増殖したり増殖を抑えたりを繰りかえしている。「老化」とは、細胞の増殖を抑えるシグナルが恒常的に機能している状態のこと。かたやがん細胞は、老化をはたらきかける機能をもたない細胞の代表例だ。
では、不死化した細胞がイコールがん細胞かというと、そうとは言いきれない。「がん細胞が老化というプログラムをどう乗り越えて細胞を不死化するかは、いろいろながんによって変わってきますが、がん抑制遺伝子の不活性化やがん遺伝子の活性化というものが起こって、真のがん細胞になるというステップを踏みます」と田原教授が言うように、不死化する能力にプラス、がんとしての「表現型」(噛みくだいて言えば ‘がん細胞の悪い部分の性質’ )が付与されてはじめて、がん細胞になるのである。
そんながん細胞に老化を誘導するには? 田原教授が注目したのがmiRNAだ。生体内にある小さな核酸の1つであるmiRNAは、かつてその存在理由すら不明だったというが、実はさまざまなはたらきがあることが解明されつつある。

田原教授らの研究グループは、miRNAの1つであるmiRNA22(miR-22)が、乳がん及び子宮頸がん細胞の老化を誘導して、がんの増殖や転移を抑制することを発見した。これにより、細胞死を誘導することで効果を発揮する従来の抗がん剤治療とは異なる、核酸医薬品という次世代型の抗がん剤の開発が期待されている。

田原 栄俊 田原 栄俊 (たはら ひでとし)
広島大学大学院医歯薬学保健学研究院   細胞分子生物学研究室 教授

1989年 東京薬科大学薬学部卒業
1994年 広島大学大学院医学系研究科博士課程後期修了、博士(薬学)取得
同大学で文部教官助手として4年間勤めたのち、1998年-2000年 米国National Institute of Environmental Health Sciences、National Institute of Health (NIH), North Carolina へ留学
2001年〜広島大学 医学部 総合薬学科 助教授などを経て、2006年4月より現職
テロメア・Gテイル長、マイクロRNA,エピゲノムに注目して老化や癌の研究を進める
2008年〜日本RNAi研究会会長を兼ねる。日本RNAi研究会を作り産学官連携による核酸創薬の実現をめざす

注釈
【老化細胞】 in vitroにおいて、増殖を停止した細胞を「老化した細胞」(老化細胞)と呼んでいる。かたや際限なく分裂することが可能になると、細胞が「不死化」したという。