研究紹介

インタビュー
エピジェネティクスががん化へ及ぼす影響

エピジェネティクスで重要なポイントは2つあり、1つは「後天的な修飾」である。これは一卵性双生児の例を挙げると分かりやすい。


一卵性双生児は、1個の受精卵から誕生しているので、遺伝情報、遺伝子の配列というのは全く同一である。ところが、年齢を重ねるとともに性格や顔の形や背格好、食べ物の好みなどが次第に変わってくる。環境因子などにも影響される。3歳の双子と50歳の双子でエピジェネティクスの変化を比較すると、3歳では双方の見分けがつかないようでも、50歳にもなると明らかに違ってきて、エピジェネティクスの変化が年を経るごとに積み重なってくることが分かる。この双子の性格や体格が変わってくることは、クロマチンへの後天的な修飾による変化であり、エピジェネティクスの変化によるものであることが科学的に証明されている(Fraga MF et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2005; 102: 10604-9)。


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双子染色体のメチル化レベルを比較

双子染色体のメチル化レベルを比較

双子染色体のメチル化レベルを比較

重要なポイントのもう1つは「可逆的(可逆変化)」であること。可逆というのは元に戻るという意味だが、いわゆるジェネティックな変化、遺伝子の変異では一度変化が起きてしまうと通常元には戻らない。ところが、エピジェネティクスの変化では、DNAのメチル化やヒストンの修飾などで、一度メチル化が起きてもメチル基やアセチル基をとることで元に戻すことができる。この性質を治療にも応用できるのではないかということから「エピジェネティック治療」という試みが行われるようになった。欧米では実際に、骨髄異形成症候群という血液のがんにエピジェネティクス治療が行われていて、かなり実績が上がってきており、日本でも最近開始されたという状況だそうだ。


治療は、DNAに結合したメチル基をとる薬剤「DNAメチル化阻害薬」やヒストンが脱アセチル化されるのを阻害する薬剤「ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬」を患者さんに投与する。ここで疑問が湧いてくる。DNAメチル化阻害薬などによってクロマチン構造を元に戻さなければならない理由は何なのか。齋藤准教授は「ちょっとややこしいのですけれど」と言って、がんとの関わりを説明した。


DNAメチル化酵素(DNMT)の働きによりDNAにメチル基が付加されたり、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の働きによりヒストンが脱アセチル化されてクロマチン構造が凝縮されると、p16やE-cadherinなどのがんを抑える遺伝子(がん抑制遺伝子)の機能が抑えられてしまい、その結果がん化の方向に働く。しかし、DNAメチル化阻害薬でメチル基をとってやったり、ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬でヒストンをアセチル化させると、がん抑制遺伝子の発現が回復して、がん化から正常の細胞の方へ戻っていくのだそうだ。要するに、がん抑制遺伝子がオフにされた状態からオンになり、がん抑制の働きが正常に戻るわけである。


エピジェネティック治療

エピジェネティック治療

すばらしい薬だと感じたのだが、齋藤准教授は手放しで喜べない問題が2つあると言う。1つは、まだ血液のがんでしか実際の治療に使われていないこと。胃がん、大腸がん、肺がんなど、いわゆる固形がんではまだ実用化されていない。アメリカでもまだ臨床試験の段階だそうだ。


もう1つの問題は、DNAメチル化阻害薬は細胞の全体を脱メチル化してしまうことだった。がん抑制遺伝子がメチル化されているところだけを脱メチル化してくれるとよいのだが、ほとんどの領域に効いてしまう。効かせたいところだけを標的にすることができないという難題があり、固形がんに応用するにはまだまだハードルがあると齋藤准教授は思っている。DNAメチル化阻害薬は日本でも最近ようやく認可されて、骨髄異形成症候群に使われ始めている。


エピジェネティクス:一卵性双生児の例 双子の女の子エピジェネティクス:
一卵性双生児の例