研究紹介

インタビュー

研究と臨床の連携という強みを活かす

もともと、細胞周期の不可逆的停止が細胞老化であることを細胞生物学や分子生物学的アプローチで研究してきた大谷研究員だったが、細胞老化がむしろがんを促進するかもしれないということが明らかになってきて、ますます細胞老化研究が興味深くなってきたという。SASPに注目したきっかけは2008年に発表された J.Campisiら(文献1参照)、J.Gilら(文献2参照)や D.Peeperら(文献3参照)のグループから論文だったそうだ。「ただ、その段階ではSASPが生体内でどのような病態の時に起こっているかは明らかではありませんでした。そこで、私たちが開発したイメージングマウスをツールとして使えば、生体の中で細胞老化やSASPが起こる現場がとらえられるのではないかと考えました」
そして、その現場をとらえることに成功した。

「SASP因子は、細胞老化を起こした細胞そのものに対しては細胞老化を強化するように働く一方、周囲にがん細胞が存在すればその増殖を促進する働きがあることが示唆されています。発がんを抑制するために生体内に蓄積しつづける老化細胞そのものが実はがんの進展に大いに影響している可能性があるわけですから、生体内で生じるSASPをコントロールすることが将来的ながん予防につながっていくのではないかと考えています」

がん微小環境に存在する細胞老化を起こした細胞が分泌するSASP因子が発がんにどうかかわっているかを解明できれば、いずれはそのSASP因子のなかで鍵を握る因子が特定できるかもしれないわけで、それを標的としたがん予防やがん治療のための創薬の開発につながるかもしれない。

「その可能性もあると思いますが、むしろ細胞老化をおこさせないようにすることが大事なので、生体内で細胞老化を誘導するいろいろなファクターを調べることで、がん予防に重要なパスウェイを見つけることのほうが、がん抑制に有効だと思いますし、ひいては健康長寿にもつながります」と、大谷研究員は今後の展望を語る。

「私たちの研究は、実際にがん患者さんへフィードバックされなければ意味がありません。培養細胞による研究やイメージングマウスによる生体での細胞老化の機構解明がある程度進んだら、次は患者さんの病態にリンクさせ、いずれは実用化へつなげたいですね。幸いにと言いますか、がん研究所は日本一のがん専門病院であるがん研有明病院がお隣にあるわけですから、患者さんの手術検体や病理組織検体のストックは膨大です。とりわけ最近は、病院部門と研究部門との連携が強くなっていまして、臨床研究もさかんに行なわれています。その意味でも私自身、がん研に来てとてもよかったと思っていますし、細胞だけとかマウスだけに見られる現象にとどまらないよう、常に視野を広げた研究を続けていきたいですね」

長年一緒に研究をしてきた、がん研がん生物部の原英二部長とともに細胞老化の研究を究めつつ、子育てと研究の両立に奮闘しつづけてきたという大谷研究員。その華奢な姿には似合わず、内に秘めたパワーは相当なものに違いない。

文献1(J.Campisi)

Coppe J P, Patil C K, Rodier F et al., Senescence-associated secretory phenotypes reveal cell-nonautonomous functions of oncogenic RAS and the p53 tumor suppressor. PLoS Biol 2008; 6: 2853-68.

文献2(J.Gil)

Acosta J C, O'Loghlen A, Banito A et al., Chemokine signaling via the CXCR2 receptor reinforces senescence. Cell 2008; 133: 1006-18.

文献3(D.Peeper)

Kuilman T, Michaloglou C, Vredeveld L C et al., Oncogene-induced senescence relayed by an interleukin-dependent inflammatory network. Cell 2008: 133: 1019-31.



大谷 直子

TEXT:冨田ひろみ PHOTO:荒井邦夫
取材日:2013年1月10日

注釈
【J.Campisiの論文】
SASPを初めて提唱した。