研究紹介

ウイルスで新しいがん療法の開発をめざす 中村 貴史 がんウイルス療法は、発展途上段階にある遺伝子治療の新しい分野だ。生きたウイルスをがん細胞に感染させ増殖させて、直接がんを死滅させる。日本独自のワクチン・ウイルスにがん治療へのあらたな使命が与えられた。

がんウイルス治療とは、ウイルスの性質を利用する治療法

「がんウイルス療法」とは、ウイルスががん細胞に感染した後、がん組織内で増殖しながら、様々なメカニズムによってがんを破壊・死滅させるという治療法だ。これは、正常細胞内ではウイルスが増殖しないように、遺伝子組み換えで調製した特異的なウイルスがもつ「腫瘍溶解性」という性質を利用するものである。


がんウイルス療法の研究は、1900年代の初めころから始まり、日本でもムンプスウイルスを使っての研究が試みられていた。しかし、当時は現在のような遺伝子組み換え技術などのシステムがまだ未熟で、十分な研究環境ではなかったようだ。そのため、正常細胞での増殖能力を保持した、まだまだ野生型に近いウイルスを投与していたので、安全性の点から問題があり、新しい治療法として確立・定着するには至らなかった。


ところが最近は、遺伝子工学技術や、ウイルスおよびがんの分子病態解析がいちだんと発展し、ウイルスが元来持っている正常組織に対する病原性を排除し、ウイルスをがん細胞だけで増殖させることができるようになった。つまり、がんをターゲットにすることが可能になってきたのである。


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様々な種類のウイルスをベースにしたOncolytic virsuによる癌ウイルス療法は、現在臨床研究段階にあり、その効果と安全性が検証されている

現在、アメリカを中心として欧米で盛んに研究が行われ、がん患者を対象に安全性と効果を調べるための臨床試験が積極的に進められる段階にまで来ている。わが国でも、東京大学や名古屋大学などにおいてヘルペスウイルスでの研究が行われ、臨床試験が進められている。


しかし、いま行われているがんウイルス療法は、ウイルスをがん患者さんのがん組織に直接投与する方法がほとんどであり、ウイルスの効果ががんの転移先まで波及することは望めないレベル。そのため、将来的には、全身に転移したがん組織までもターゲットにできるような全身投与を目標にして、さらなる研究開発が進められている。いわば、理想的ながん組織の根絶をめざしているわけである。

中村 貴史(なかむら たかふみ) 中村 貴史(なかむら たかふみ)
鳥取大学 大学院医学系研究科 准教授
生命科学博士(鳥取大学)

2001年、鳥取大学大学院医学系研究科において学位取得後、アメリカ・メイヨクリニックStephen J. Russell博士の下で、2002年より博士研究員、そして2004年よりリサーチアソシエイトとして、麻疹ウイルスを用いたがんウイルス療法の研究開発に従事。2006年に帰国後、独立行政法人科学技術振興機構のさきがけ研究者。2009年より東京大学 医科学研究所 治療ベクター開発室 特任准教授、2012年より現職として、ワクシニアウイルスを用いたがんウイルス療法の研究開発に従事。

注釈
【腫瘍溶解性ウイルス】
制限増殖型ウイルス。正常細胞内では増殖せず、標的とする特定細胞内でのみ増殖可能なウイルスのこと。本来のウイルスは病原性があり、感染すると正常細胞の中で増殖して様々な疾病を引き起こす。

【ムンプスウイルス】
おたふく風邪として知られる流行性耳下腺炎を引き起こすウイルス。飛沫感染、接触感染により感染する。

【がんウイルス療法のウイルス】
現在、実際に臨床試験に使われているウイルスは、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、麻疹ウイルスワクチン株など様々な種類。ウイルスおよびがんの分子病態解析に基づいて、正常細胞では増えず、がん細胞だけで増えるように飼いならされたものである。