研究紹介

インタビュー
がん細胞の中でマイクロRNAが有効な働きをすることに着眼

がんウイルス療法では、生きたウイルスを使うため、その最大のキーポイントは、ウイルスが元来持っている正常組織に対する病原性をいかに排除するかという点に尽きる。つまり、ウイルスはがん細胞では増殖できるが、正常細胞では増殖できないように改良する必要があり、中村准教授はワクシニアウイルスががんのみを破壊するように“飼いならそう”と試みた。そして、試行錯誤のうえ、細胞内の遺伝子発現調節をしている「マイクロRNA(miRNA)の特性」を利用することにした。


ワクシニアウイルスLC16m8の性質では、ウイルス膜タンパク質である遺伝子B5Rに変異が見られ、ウイルスが感染細胞から隣接する細胞や離れた細胞に再感染して広がっていくための重要な役割をB5Rが担っている。つまり、このB5Rが発現・機能しなくなることが弱毒化の鍵になる。しかし、マウスの実験でこのワクチンの腫瘍溶解性を検討してみると、一時的には抗がん効果を示したものの、完全にがん細胞を死滅させるには不十分であり、B5Rの機能不全はウイルスの弱毒化だけでなく、腫瘍溶解性も低下させてしまうことが分かったのだ。


中村准教授は次に、マイクロRNAによる遺伝子発現調節と同調させて、がん細胞ではB5Rを発現する(=ウイルスは増殖する)が、正常細胞ではB5Rを発現しない(=ウイルスは増殖しない)ようにワクシニアウイルスを改良できれば、強力な腫瘍溶解性の保持と高い安全性を兼ね備えたウイルスになり得るのではないかと考え、実験を行った。


癌におけるマイクロRNAの特性を利用したワクシニアウイルスの制御

具体的に言うと、miRNAは、特定の遺伝子のメッセンジャーRNAの3'非翻訳領域(3'UTR)に存在する標的配列に結合し、その遺伝子発現を負に制御する。そして、miRNAの1つであるlet7aは、正常組織と比べ、肺がん、膵臓がん、乳がん、肝臓がん、および大腸がんなどで発現が低下しており、この異常ががんの発生や進展と深く関わっていることが知られている。そこで、let7aの標的配列をB5R遺伝子の3’UTRに挿入し、遺伝子組み換えウイルスを作製した。


これまでのマウスの実験の結果、このlet7a制御ウイルスは、強力な抗がん作用を示し、副作用もなく、5匹中4匹のマウスにおいて完全に腫瘍を消失させたのである。一方、let7aが機能しないよう挿入する標的配列に変異を入れたlet7a非制御ウイルスでは、強力な抗がん作用を示したものの、がん組織と正常組織の両方でB5Rを発現して増殖し、全身での正常組織に対するウイルス毒性によって投与後59日で全マウスが死亡した。つまり、let7a制御ウイルスはがん細胞で増殖するが、正常細胞で増殖せず、強力な抗がん効果と高い安全性を持ち合わせていることがマウス体内のウイルス分布によって証明されたのだ。


ヒト膵臓癌BxPC-3皮下接種マウスモデルにおける組替えlet7a制御ウイルスによる癌ウイルス療法の効果


治療後27日、52日後のヒトBxPC-3皮下接種マウスモデルにおける組替えlet7a制御ウイルスの体内分布

治療52日後の実際のマウス 生理食塩水投与 Let7a制御ウィルス投与 生理食塩水を投与したマウスでは、腫瘍が増大した。それに対しLet7a制御ウィルスを投与したマウスでは、副作用もなく完全に腫瘍が消失した。


注釈
【実験用マウス】
実験用として使われるマウスはハツカネズミで、何世代にもわたって改良されたものである。実験では遺伝的に均一な複数のマウスが必要であり、実験の目的に応じて使い分けられる。現在、実験用マウスには300系統以上の種類がある。