研究紹介

広い視野で培った創薬研究と技術力で、新たながん治療の開発をめざす 永瀬浩喜 研究所長
臨床医から遺伝学研究者に転身して20年余り、がん化をもたらす遺伝子を標的とした創薬研究と遺伝子発現を自由に操作する技術開発により新たながん治療を模索する日々はつづく

遺伝子発現を抑えるメチル化と逆相関するアセチル化に注目

千葉県がんセンターの第6代研究所長及び、がん遺伝創薬研究室のリーダーに就任して2012年9月でまる2年を迎える永瀬浩喜研究所長が、新たながん治療を探るうえで注目したのが、DNAのヒストンアセチル化という仕組みだった。

一般にはなじみが薄い「ヒストン(の)アセチル化」について解説する前に、アセチル化と完全に逆相関するという「メチル化」についておさえておきたい。メチル化とは、DNAの塩基の一つであるシトシン(C)にメチル基(-CH3)が付加することで、DNAにおこる化学的修飾の一つだ。DNAはよく長い糸にたとえられるが、長い糸をそのまま細胞内の小さな核に入れれば糸がもつれるおそれがある。だから‘糸巻き’に巻きつけしまいこまれている。この糸巻きに相当するのがヒストンというタンパク質。ヒストンにDNAが13/4回転でひと巻きされた単位構造(1セット)はヌクレオソームとよばれ、ヌクレオソームが集まりひも状になった構造をクロマチン(線維)とよぶ。

遺伝子の塩基配列に書かれた情報は、コンパクトに巻きついた糸の中に隠れているので、必要な情報を的確に読みとるガイド役として、ヒストンにはそれぞれタグに相当するものがついている。それがヒゲ状の「ヒストンテール」とよばれるもので、たとえれば商品についたバーコードであり、バーコードリーダーにあたるタンパク質が、必要な情報を読み出すためにはどの糸をほどけばいいかを見つけ出す。ところがこのヒストンがメチル化されていると、糸巻きに巻きついた糸はほどけにくく、遺伝子は不活性となる。遺伝子の情報が読み取れない状態になるのだ。

がん細胞も、もとは私たちの正常な細胞から生まれたものだ。細胞ががん化して分裂を繰り返すとき、がんが増えるのに都合の悪い遺伝子(がん抑制遺伝子)が出てこないようしっかり蓋をしている。糸巻きの巻き方をさらにきつくして、糸が簡単にはほどけないようにしている状態であり、メチル化という修飾が起こっている。 この糸巻き=ヒストンをアセチル化することで巻き方が緩み、蓋をされたがん抑制遺伝子が本来の働きを取り戻せれば、細胞のがん化が抑えられるはず。メチル化が起きているところで、どうすれば巻き方が緩むのか?
いろいろ考えられる手段のなかで、永瀬所長が着目したのがヒストンのアセチル化だ。アセチル化により、ヒストンとDNAに帯電の差が起きる。通常ヒストンは(+)、DNAは(−)にチャージされていて、2つは磁石のようにくっつきあう。だから糸がほどけにくいのだが、アセチル化は(−)にチャージするため、通常は(+)のヒストンがアセチル化されれば、(−)同士となってDNAと反発する。すると、DNAという‘糸’がヒストンからほどけて遺伝子が発現するという仕組みだ。このように、メチル化とは完全に逆相関するアセチル化を起こし、遺伝子を発現させることが出来るわけだ。

河上 裕 永瀬 浩喜(ながせ ひろき)
千葉県がんセンター 研究所長

歴史と国境の島 対馬(長崎県)生まれ、福岡の筑紫丘高校に越境入学
昭和62年熊本大学医学部を卒業、第2外科入局、世良好史名誉教授(小児外科)および小川道雄名誉教授(消化器外科)の指導を受ける
平成3年より財団法人癌研究会癌研究所生化学部 中村祐輔先生のもとへ国内留学(APC遺伝子の研究)
平成5年より英国Beatson癌研究所、アラン・バルメイン教授(現UCSF教授)のもと、マウス腫瘍遺伝学の研究
平成9年よりネクサバール錠(一般名:ソラフェニブ)開発中の米国ONYX 製薬株式会社で癌遺伝部門プロジェクトリーダーとして創薬開発研究
平成11年カリフォルニア大学サンフランシスコ校客員教授、東京大学医科学研究所助手、理化学研究所筑波研究所研究協力員を経て
平成13年より米国ロズウェルパークがん研究所准メンバー・ニューヨーク州立大学バッファロー校准教授としてエピジェネティクスや複雑な遺伝系解析の研究
平成17年より日本大学大学院総合科学研究科生命科学専攻及び同・医学部先端医学講座癌遺伝学部門教授兼任、創薬開発研究に従事
平成22年9月より現職に、さらに幅広い研究に取り組んでいる。


注釈
【DNAの塩基】
糖とリン酸結合からなる2本の主鎖の間を4つの塩基(A=アデニンとT=チミン、G=グアニンとC=シトシン)が水素結合でつながっている。

【DNAにおこる化学的修飾】
DNAメチル化のほかヒストンのメチル化、アセチル化やリン酸化などがある

【ヒストン】
核タンパク質の一種、生体の細胞核中でDNAと結合してヌクレオヒストンの形で存在する。