研究紹介

インタビュー

がん関連遺伝子に影響を与えるエピジェネティクス

永瀬所長の表現を借りれば、ヒストンアセチル化の誘導とは「細胞の運命を変える」発想だ。
細胞のがん化は、遺伝子(塩基配列)そのものに異常がおこる場合と、外的な条件が遺伝子に悪さをしてその性質を変えてしまう場合の両方が考えられる。後者の場合、遺伝子の塩基配列自体になんら変化はないのに、周囲の環境次第でがん関連遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)の発現に変化が起こる。これがエピジェネティクスの考え方だ。

「遺伝という言葉は2つの解釈ができます。1つは、親から子に継がれていくことを指すときで、もう1つは細胞における‘遺伝’です。1つの細胞が分裂して2つになり、4つになる……1つの細胞には寿命がありますが、その細胞がもっていた遺伝子の情報は、分裂した次の細胞へと「遺伝」します。どちらも英語ではinheritanceで共通です。最初の細胞がもつ遺伝子をいじらなくても、遺伝子の背景をかえれば、次に分裂した細胞にそれが引き継がれていく。これがエピジェネティクスです」

90年代終わり頃にエピジェネティクスが注目されるまでは‘DNAという遺伝子の配列(だけ)がいろいろなことを決める’と考えられてきた。ところが、遺伝子の配列は変えなくても遺伝子のもつ背景(バックグラウンド)を変えれば、遺伝子の発現の仕方が変わることがわかってきた。いまでは、がんをはじめ後天的な疾患の多くが環境に起因することがわかってきた。

ストレスもエピジェネティクス(環境因子)を変えるし、サーカディアンリズムという日内変動(24時間生体リズム)もエピジェネティクスに影響を与える。生活習慣病とよばれているものはもちろん、躁うつ病などある種の精神疾患もエピジェネティクスと関係があることがわかってきた。すでに臨床で施されるエピジェネティックな治療もあるという。

エピジェネティクスの考えにもとづけば、がん化する細胞の運命も変えられる。環境物質がDNAの配列そのものを変えることはほとんどないが、クロマチンに入ったあとにちょっと悪さをする。ヒストンのタグの情報を変えてしまったり、メチル化やアセチル化という修飾を変えてしまう。けれど可変であるということは、治療への可能性もあるということ。不活性になった遺伝子に再び働いてもらうためにメチル化とアセチル化を自由に切り替えられるスイッチがあればいいのではないか?
そのスイッチを化学的につくろうと、永瀬所長は考えたのである。

【化学物質による遺伝子制御】

化学物質による遺伝子制御

注釈
【エピジェネティクス】
epigenetic(s);epi-は「外」「上」「付加」などを意味する接頭語で、エピジェネティクスは日本語にすれば「遺伝子外的」。対して、塩基配列自体が突然変異などで変わることは「ジェネティックgeneticな変化」