研究紹介

成人T細胞白血病の発症に関わる遺伝子異常を明らかに 宮崎大学 医学部 機能制御学講座腫瘍生化学分野 森下和広 教授 西南日本に患者が多い「成人T細胞白血病(ATL)」はウイルス性の血液がんで、急性型を発症した人の約半数が1年以内に亡くなるといわれるが、いまだ有効な治療法は確立されていない。森下教授は、白血病細胞のゲノム異常を網羅的に解析し、発症に関わる遺伝子を明らかにするとともに、治療法を開発している。
九州に多い白血病

成人T細胞白血病(Adult T-cell Leukemia、ATL)は、九州を中心として西南日本に患者が多い。1970年代後半に「九州におかしな白血病がある」と気づいた京都大学の高月清博士(現 熊本大学名誉教授)らによって患者からHTLV-1ウイルスが発見され、ATLがHTLV-1によって引き起こされていることが明らかになった。このウイルスは白血球の一種であるT細胞に感染し、がん化させる。T細胞は免疫の重要な役割を担っているので、発症すると強い免疫不全を示し、悪性化しやすい。ATLは、その症状からくすぶり型、慢性型、リンパ腫型、急性型に分類されるが、リンパ腫型や急性型では発症すると抗がん剤が効かず、半数以上が1年以内に亡くなってしまう。

「HTLV-1は、エイズウイルス(HIV)の仲間です。どちらもT細胞に感染するのですが、エイズウイルスはT細胞を集中攻撃して破壊し、免疫不全を引き起こします。一方、HTLV-1は、T細胞を異常増殖させて白血病にし、エイズウイルスと逆の作用をします」と森下教授は説明する。HTLV-1は、エイズウイルスとは異なり、感染力も病気を起こす力も弱いため、多くの場合は母乳を介して母親から子供に感染するのみで、ウイルスが集団の外に出ることはない。そのため、ウイルスのキャリアは、日本では九州南部や沖縄県、海外では南アメリカやアフリカ、カリブ海諸国にほぼ限られる。

「おもしろいことに日本でのウイルスの分布は、縄文人の血を濃く残している地域と一致しています。日本人の祖先には縄文人の系統と弥生系渡来人の系統があるといわれていますが、どうやら縄文人はHTLV-1と共存した集団だったようです」。ただ、ウイルスに感染しても、ほとんどの人は発症せず、発症する場合も感染後20〜40年かかる。昔の人は寿命が短かったので、発症前に亡くなってしまい、病気になる人はほとんどいなかったのではないかと森下教授は推測する。

【ATL患者の発生分布】

宮崎県を含む南九州に患者が多く分布する。

森下教授はなぜATLの研究に取り組むようになったのだろうか。「私は長崎県出身で、被爆者の治療にあたりながら自らも白血病で亡くなった永井隆博士の話を聞いて育ちました。そのため、白血病の治療に携わりたいと考え、血液内科の医師になりました。以前にいた国立がんセンター研究所病院や東京大学医科学研究所附属病院では骨髄性白血病などの患者が多く、ATLの患者はほとんどいませんでした。ところが、宮崎に移ってからは本当にたくさんのATL患者に会いました。そこでATLの研究に本格的に取り組むことにしたのです」。HTLV-1に感染しても発症率は低く、発症までに数十年を要するのはなぜなのか。ATLの発症機構は不明な点ばかりだった。

HTLV-1のキャリアは全国で100万人以上いると推測されており、以前は宮崎県や熊本県などキャリアの多い地域を中心に対策が進められてきた。しかし、近年では人の移動にともない、キャリアの分布が広がっている。全国的に対策を進めることが急務だが、一方で決定的な治療法がないのが現状だ。森下教授は、ATLの原因がわかれば、治療法ができると考え、研究を進めた。

森下 和広
森下 和広(もりした かずひろ)
宮崎大学 医学部 機能制御学講座腫瘍生化学分野 教授

1980年 筑波大学医学専門学群卒業
1980年 東京大学医科学研究所附属病院内科研修医
1982年 同研究所附属病院内科医員
1984年 同研究所病態薬理研究部助手
1984年 同研究所化学研究部客員研究員
1987年 NCI-Frederickがん研究所T細胞白血病研究部研究員
1988年 St. Jude小児研究所病院生化学研究部研究員
1990年 同Staff member
1992年 国立がんセンター研究所生物学部主任研究員
1993年 同 細胞生物学研究室室長
2000年 宮崎医科大学生化学第一講座教授
2003年 宮崎大学医学部機能制御学講座腫瘍生化学分野教授