研究紹介

インタビュー
PTENの働きを制御するNDRG2

PTENの遺伝子は10番染色体にあり、がん抑制遺伝子として知られる。がん抑制遺伝子とは細胞が増えすぎないようにブレーキの役割をする遺伝子のことをいう。PTEN遺伝子からできるタンパク質PTENが、PI3K-AKT情報伝達経路を抑制することで、がん細胞の増殖を抑える。「さまざまながん細胞で、PTEN遺伝子に変異や欠失が起こっていることが報告されていました。遺伝子に変異や欠失があると、正常なPTENができないので、PTENはブレーキの役割を果たせません。ところが、ATL細胞ではPTEN遺伝子の変異や欠失は見られず、正常なPTENタンパク質がつくられていました」と森下教授はいう。それにもかかわらず、PI3K-AKT情報伝達経路が活性化されているということは、何か別の要因によりPTENの働きが抑えられているということである。

実は、PTENには、リン酸基がついた(リン酸化された)不活性型と、そのリン酸基がはずれた(脱リン酸化された)活性型がある。活性型PTENは細胞膜に結合でき、細胞膜のリン脂質に作用するが、リン酸化されて不活性型になると細胞膜には結合できなくなる。正常な細胞では、両者がバランスしている。

しかし、ATL細胞では、PTENが常にリン酸化されていることを森下教授は見いだした。このことが、細胞のがん化のメカニズムを解くカギを握っているはずだが、NDRG2遺伝子の発現の低下とはどうかかわっているのだろうか。森下教授らは、ATL細胞のNDRG2遺伝子の発現を回復させるとPTENからリン酸基がはずれて活性化し、PI3K-AKT情報伝達経路を抑制することを見いだした。しかし、NDRG2がどのようにPTENに働きかけるのかは謎だった。そこで、NDRG2欠損マウスやATL細胞を用いて、解析を進め、ついにNDRG2によるPTEN脱リン酸化の制御機構を明らかにした。

細胞膜にある受容体が刺激を受けとると、PI3K-AKT情報伝達経路が働く。活性化された経路の末端のAKTは、細胞増殖のシグナルを送るとともに、NDRG2をリン酸化する。リン酸化したNDRG2は、PP2Aホスファターゼという酵素を呼び込み、いっしょにPTENに結合する。すると、PP2Aホスファターゼの働きにより、PTENのリン酸基がはずれ、PTENは活性化する。活性化したPTENは、細胞膜に移動して、PI3K-AKTの情報伝達を阻害する。「PI3K-AKT情報伝達経路が、NDRG2を通じて自分の活性化を抑えるネガティブフィードバックができており、その中でPTENが一役買っているというわけです。しかし、PP2AホスファターゼとNDRG2の結合がなかなかわからなくて、PTENのリン酸基をはずすメカニズムを突き止めるには2〜3年かかりました」と森下教授は話す。

一方、ATL細胞では、NDRG2の発現が低下しているので、PTENのリン酸基をはずすことができない。PTENは活性化されないので、PI3K-AKT情報伝達経路を阻害できないというわけだ。そこで、この経路からずっとシグナルが送られ、細胞が増殖し続ける。

【NRDG2によるPTENのリン酸化制御】

正常な細胞では、NDRG2がPP2Aホスファターゼを呼び込んで不活性型PTENのリン酸基をはずし、活性型に変える。活性型PTENは細胞膜へ移動し、PIP3のリン酸基をはずしてAKTの活性化を阻害する。活性型PTENにリン酸基をつける酵素(キナーゼ)も存在し、PTENのリン酸化が調節されている。一方、ATL細胞などのがん細胞では、NDRG2の発現が低下していてPTENのリン酸基をはずすことができない。そのため、PTENは不活性化されたままで、AKTが活性化し続ける。