研究紹介

がんの敵から味方へと変化する分子TGF-βの研究で、新たながん治療を目指す 東京大学 大学院医学系研究科 研究科長・分子病理学分野 宮園浩平 教授 がんの発生・進展・転移には、細胞がつくる様々な分子が関わっている。それらのうち、TGF-βという分子は、早期のがんに対しては増殖を抑制し、進行期のがんに対しては浸潤・転移を促すと考えられている。宮園教授らは、まるでジキルとハイドのようなこの分子に着目し、副作用の少ない新たながん治療を目指して研究を進めている。
がんに対してジキルとハイドのように2面性をもつ分子TGF-β

正常な細胞は、外部からの刺激を受けて、増殖するか、自ら死ぬかなどを決めている。外部からの刺激は細胞表面の受容体で受け取られ、そのシグナルが細胞内部の様々な分子を介して、増殖のスイッチをオン/オフしたり、細胞死のスイッチを入れたりしている。これに対してがん細胞では、細胞増殖や細胞死などのシグナル伝達が正常に行われず、異常に増殖し続ける。

TGF-β(Transforming Growth Factor-β)は、細胞がつくり外部へ分泌している分子である。分泌されたTGF-βは刺激の1つとなり、周りの細胞にシグナルを伝えることで様々な作用を示す。最もよく研究されているTGF-βの作用は、増殖抑制作用だ。定常状態においてTGF-βは、細胞が異常に増殖しないようにシグナルを伝えている。TGF-βはこの他に、組織の線維化を促進する作用や、あとで詳しく述べる上皮間葉分化転換(EMT:Epithelial-Mesenchymal Transition)作用などをもち、その多様な作用に多くの研究者が注目している。

【TGF-βのシグナル伝達】

TGF-βが受容体に結合すると、細胞内にあるSmadなどの分子を活性化する。活性化したSmadは核内に移行して増殖や線維化などに関係する遺伝子の発現を調節する。その結果、細胞は増殖抑制や線維化などの表現型を示すようになる。

TGF-βの多様な作用をがんという観点から見ると、がんの敵になるものもあれば味方になるものもある。宮園教授は「がんの初期段階では、周りの細胞がTGF-βをつくり、その増殖抑制作用でがんを抑制します。しかし、がん細胞は徐々に耐性を獲得して増殖抑制を免れるようになり、進行したがんでは、TGF-βがもつ他の作用が、かえってがんを悪化させるのです」と説明する。

さらに宮園教授は、「私の仕事は、TGF-βが受容体に結合し、どのようにシグナルを伝えるかを明らかにするという基礎研究です。基礎研究ではありますが、この機構を解明できれば、TGF-βのシグナルを抑える手がかりとなり、がん治療に応用できるかもしれません」と語る。TGF-βは、正常組織よりも腫瘍組織で多く産生されることが報告されている。現在、製薬会社も、TGF-βのシグナルを抑える薬が抗がん剤になりうると期待して、TGF-βシグナル阻害剤の探索を行っているという。

【がん化におけるTGF-βの役割】

TGF-βは、がんの早期には増殖抑制作用により、がん抑制に働く。しかしその後、がん細胞は、TGF-βの増殖抑制シグナルに抵抗する耐性を獲得する。がんの進行期においては、TGF-βの他の作用が、がんの浸潤、転移に寄与してがん促進に働く。

宮園 浩平
宮園 浩平(みやぞの・こうへい)
東京大学 大学院医学系研究科 研究科長・分子病理学分野教授

1981年 東京大学医学部医学科卒業
1986年 スウェーデンウプサラ大学ルードヴィヒ癌研究所研究員
1988年 東京大学医学部第三内科助手
1989年 医学博士(東京大学医学部)
1990年 スウェーデンウプサラ大学ルードヴィヒ癌研究所研究員
1993年 スウェーデンウプサラ大学ルードヴィヒ癌研究所主任研究員
1995年 財団法人癌研究会癌研究所生化学部部長
2000年 東京大学大学院医学系研究科分子病理学分野教授
2011年 東京大学大学院医学系研究科・研究科長