研究紹介

インタビュー
肺腺がんでは、TTF-1の発現がTGF-βの働きを抑える

宮園教授らのこれまでの研究により、肺腺がんにおけるTGF-βのEMT制御機構が明らかになってきた。その1つとして、TTF-1(Thyroid Transcription Factor 1)という転写因子との関係がある。

肺腺がんの患者さんは、TTF-1が発現していると予後がよいことが知られている。TTF-1はNKX2-1とも呼ばれ、わが国では名古屋大学の高橋隆教授らがその働きを詳しく調べてきた。宮園教授らは、TTF-1がTGF-βとまったく逆の作用を示すことに着目し、研究を進めたところ、TGF-βの刺激を受けた細胞は紡錘形に変化して運動能が上昇するのに対して、TTF-1の発現が多い細胞は形が丸くなり、細胞の動きが遅くなることがわかった。

さらに宮園教授らは、TTF-1とTGF-βの関係を明らかにするために、細胞内の遺伝子発現を解析した。その結果、「TGF-βは、EMTに関わるSlugやSnailなどの遺伝子の発現を誘導していることがわかりました。肺腺がんにおいて、TTF-1はTGF-βがSlugやSnailをつくるのを抑制して、TGF-βの作用に拮抗しているのです。すなわち、TTF-1とTGF-βのバランスをうまく調整できれば、肺腺がんを制御できる可能性が高い。そう期待して研究を行っています」と宮園教授は力説する。

【TGF-βとTTF-1によるEMTの制御】

肺腺がん細胞は、TTF-1の発現が高いと上皮細胞の形質を示し、TGF-βが多いと間葉系細胞の形質を示す。TTF-1とTGF-βは、EMTを誘導するSlugやSnailなどの発現を逆方向に制御している。

しかし、TTF-1は非常に特異的な発現をしており、残念ながら肺以外でTTF-1を発現している組織は少ない。また、宮園教授は、「私は長い間TGF-βの研究を行ってきましたが、TGF-βががん抑制からがん促進に働くようになるメカニズムは、そう簡単には説明できません。なぜならば、このTGF-βの変化は、がん腫によって異なり、1つのメカニズムによるものではないからです」と、この研究の難しさを説明する。他のがん腫においては、別の機構によりTGF-βががんの敵から味方へと変化して、がんの悪性化に寄与していると考えられるのだ。

そこで、宮園教授らは、正常皮膚角化上皮細胞株や肝がん細胞株などを用いてChIP-seqを行い、TGF-βのシグナル伝達因子SmadのDNA結合部位を調べた。その結果、細胞種ごとに結合部位が大きく異なり、TGF-βのシグナルが異なる分子を介して伝わることが示唆された。こうした結果を手がかりに、細胞種ごとにTGF-βがどのようにがんの味方へと変化しているかが明らかになっていくことだろう。

注釈
【ChIP-seq】
特異的な抗体を用いて、特定のタンパク質に結合したDNA断片を取り出し、その塩基配列を次世代シークエンサーによって読み取り、DNAの結合部位などを解析する手法。