研究紹介

インタビュー
TGF-βによるEMT作用が、がんの転移を手助けする

TGF-βはどのようにして、がんの悪性化を助けるのだろうか。宮園教授らは、がんの転移に着目し、モデルマウスを用いて実験を行った。このモデルマウスに乳がん細胞を皮下移植すると、腫瘍を形成した後、腫瘍が全身に自然転移する。そこで腫瘍形成後に、TGF-βのシグナル阻害分子Smad7を導入し、転移が起こるかを調べた。その結果、肝臓への転移が顕著に抑制された。すなわちTGF-βのシグナルを阻害することで、がんの転移を抑制できることが明らかになった。しかし、マウスの生存期間は約50日から約70日に伸びるものの、正常なマウスよりはずっと短かった。これはTGF-βのシグナルを阻害しても、肝臓以外の臓器への転移をあまり防げないことや最初にできた原発腫瘍を抑制できないためであると考えられる。

【TGF-βのシグナルを阻害するとがんの転移が抑制される】

上図:実験手法を示す。マウスに乳がん細胞を皮下移植して原発腫瘍を形成させた後に、コントロールのアデノウイルスとSmad7を発現するアデノウイルスをそれぞれ投与して、転移のようすを観察する。下図:マウスから摘出した肝臓の写真とH&E(ヘマトキリシン&エオジン)染色した肝臓の組織切片。TGF-βのシグナルを阻害するSmad7を投与したマウスの肝臓には腫瘍が見られず、転移が抑制されていることがわかる。(大阪医科大学 東 治人教授提供)

宮園教授は、がんの転移に、TGF-βの上皮間葉分化転換(EMT)作用が大きく関与していると説明する。がんの約90%は上皮細胞から発生する。私たちの体は様々な形や機能をもつ多種類の細胞からつくられているが、これらのうち、上皮細胞は消化管や気道などの壁面を一面におおっている細胞である。正常な上皮細胞は、細胞どうしがぴたりと接着し、きれいな一層のシートを形成して外界と体内の境界となり、中のものを漏らさない役割を果たしている。一方、上皮細胞の下には、支持・結合を担う間質という組織の層がある。間質中には血管内皮細胞や線維芽細胞などの間葉由来の細胞が存在する。EMTとは、上皮細胞が間葉系細胞へと分化することをいう。TGF-βのシグナルにより、きれいに並んでいた上皮細胞が運動能をもつ間葉系細胞に変化することで、浸潤・転移が起こると考えられる。

「私たちのここ5年間の重要な目標は、TGF-βによるEMT機構を明らかにして、がんの転移メカニズムを解明することです」と宮園教授は意気込みを語る。TGF-β阻害剤はがんの転移を抑えると期待されているが、TGF-βは非常に多くの機能をもつため、副作用が出ることが予想される。そこで宮園教授らは、TGF-βのシグナルの中でEMTに関わる分子機構を明らかにすることで、副作用の少ないがん治療標的分子を探している。

【上皮間葉分化転換EMTのメカニズム】

上皮細胞では細胞と細胞を接着させる働きのあるE-カドヘリンなどの遺伝子が発現していて、細胞どうしがぴったりと結合しているため運動能が低い。一方、間葉系細胞はE-カドヘリンの発現が低下しており、細胞は紡錘形で運動能が高い。上皮細胞から間葉系細胞へ分化することを上皮間葉分化転換(EMT)と呼ぶ。中央の写真は、E-カドヘリンを緑色、細胞骨格であるアクチンを赤色、核を青色で免疫染色したもの。TGF-βを加えると緑色のE-カドヘリンが減少し、赤色のアクチンが紡錘形をなすことから、EMTが起きたことがわかる。

【上皮間葉分化転換EMTとがんの転移】

原発腫瘍からがん細胞が転移するようすを示す。EMTにより細胞が運動能を獲得して血管へ侵入すると考えられている。

注釈
【間葉】
発生時の中胚葉と呼ばれる細胞層から生じた組織で、その細胞は上皮細胞のように一層状には並ばず、運動能をもつ。

【免疫染色】
特定のタンパク質だけを認識する抗体に蛍光物質を結合させておき、この抗体を用いて細胞内の特定のタンパク質の発現を解析する方法。