研究紹介

スパコンでがんのシステムを暴き、がんを御す システムがん研究 個人のがんシステムをデジタル化するにはー
数学者が不思議な糸に導かれて、バイオインフォマティクスの世界へ 1953年、ワトソン博士とクリック博士が、ゲノム(全遺伝情報)の実体である「DNA(デオキシリボ核酸)の二重らせん構造」を発見してから、ちょうど50年後の2003年に、ヒトゲノムの解読が完了した。

このゲノム解読作業を始めるにあたり1988年に国際機構が組織され、国家的プロジェクトとして各国の研究者が「国際ヒトゲノム計画」に参加した。その解読作業の進行とともに、90年代以降、生命科学と情報科学を融合した「バイオインフォマティクス(生物情報科学)」と呼ばれる、新しい複合領域の分野が発展してきたのである。

宮野悟教授は1990年当時、九州大学で情報科学の研究者として活躍していた。そこへ、「ヒトゲノム計画に参加しませんか」という声がかかり、生命の設計図が見えるかもしれないという魅力的なプロジェクトにひかれて、飛び込むことにした。しかし、決断に際して“私のバックグラウンドは数学で、自分は分子生物学のトレーニングを受けていない”というためらいがあった。「興味あるんだけど、私、やれますかね」と尋ねたら、久原哲教授が九州弁で「俺がみんな教えちゃ(教えてあげる)」といって毎週、研究室に講義に来てくださることになった。

そうして、日本でのヒトゲノム計画の開始時からメンバーとして参加し、いまやバイオインフォマティクスの分野では日本はおろか、世界をリードする位置にいる。宮野教授曰く「運命の不思議な糸についていって、もう20年です」。
高倉教授 宮野 悟(みやの さとる)
東京大学 医科学研究所 ヒトゲノム解析センター DNA情報解析分野 教授 理学博士(九州大学)

1977年九州大学理学部数学科卒業、1985年−1987年西ドイツ・Alexander von Humboldt Research Fellow、1987年西ドイツPaderborn大学情報科学科助手、1987年九州大学理学部附属基礎情報学研究施設助教授。1993年同教授を経て,1996年より現職。

注釈
【国際ヒトゲノム計画】
ヒトゲノムの解読計画は、アメリカやイギリスを中心に1980年代に提唱され、国際的な大規模プロジェクトとして始まった。参加した各国が分担して解析作業をし、約10年かけて解読した。日本は、理化学研究所(理研)が中心となって行われ、2010年、日本人ゲノムを解読することに成功。

【久原哲(くはら さとる)】
農学博士。専門分野は生命科学、バイオインフォマティクスで、ライフサイエンス分野において世界的に著名。現在、九州大学有体物管理センター長。